壁を背に隣で寝入った桂が、壁を伝いずるずると俺の肩に頭を乗せた。
ふわりと鼻孔をくすぐる石鹸の匂い……に、金縛りにあったように、俺は動けなくなった……隣に、桂が、寝てる……とか。
だってさ!
なんで、こいつ、こんないい匂いなの? 間違いなく石鹸のいい匂いだと思う、昼間さんざん汗掻いただろうが! 主に冷や汗だけど。
ふわりと香る石鹸の匂いは、もっと吸い込みたくなるから、少しだけ顔をそっちに向けた。やっぱ、いい匂い……だと思う。敵を知れば百戦危うからず、ってもコイツの事で知ってることなんてほとんどねえけど、それでも俺達や近藤さんよりも年上のはずだ……はずなのに……。
なんで、このテロリストはおっさんじゃねえの? もういい加減におっさんでもいいと思われる年齢だと思うのに、なんでいい匂い撒き散らしてんだよ!
雪山で遭難して、狭い山小屋に将軍様と万屋とむ真選組と桂と一緒に一夜を明かすとか、こんな千載一遇のチャンスに……俺達は、そんな場合じゃねえってのに!
そんな場合じゃねえどころか真剣に命の危機だってのに……俺も、今何考えてんだよ!
にしても肩に乗せられた桂の頭の重さに、なんで俺が心拍数上げなきゃなんないの?
寄っ掛かられて重たいっていうか、暖かいって言うか……あったかい。
いや、まあ。こんな状況だ。
火はついてるけど、隙間風もあるこんな山小屋で、こうやってくっつけば少しは暖かい。から、まあ、仕方ねえよな。色白だし、見た目は体温なんて感じさせないようなやつだって思ってたけど、けっこう体温高いらしい。すげえ、暖かいし。
だから、我慢してやろうって気になった。男に肩貸す趣味とかねえんだけどさ、でもこんな状況なんだ。そんで、まあ暖かいし、頭が重い程度でわざわざ起こさないで文句も言わないでおいてやる。どうせ見た目は貧弱そうだけど、明日は男手だ。犯罪者だって桂だとはいえ働いて貰う。
だから、今は寝たふり。してんのが、きっと妥当だ。いや振りじゃなくて、俺だって寝ちまわねえと。こんな事、大したことでもねえって!
男になんか肩貸してやる義理無いし、ましてや桂になんか! とは思うけど、今は俺は寝てるんだ。寝てるんだから気づかなくて仕方ねえ。起きてたら、桂の頭を退けなけりゃなんねえから、俺は寝てるんだ、今。
だから、頼むから俺の心臓、落ち着いてくれ!
寒かったのか、桂が俺の肩に顔を埋めるように擦り付けてきた……のに、また心臓が早くなった。
いや、違う! 絶対違うから!
一瞬でも可愛いとか思ったはずがない! 桂を可愛いなんて思うはずがない! いや、桂だから。確かに綺麗な奴だし、女みたいな顔だし、細いし、美人だけど、そもそも男ってよりもまず桂だから!
そりゃ桂だって人間なんだから寒いんだろう。こうやって擦りよって来てくれて、俺だってあったかいしだから、俺はただ寝てるだけだって!
こんな美味しい状況……いや、あり得ない状況、今日限りだからな。こんなラッキーな……いやめんどくさい状況、こんな時だから仕方ねえ。
普段は敵だけど、今くらいは、俺の体温くらいなら少し貸してやるよ。
そんで、桂は寒いらしくて俺の腕に手を伸ばしてきて、俺の手を抱き込むようにして……とか、いや、違う。俺は起きてねえ知らねえ!!
本当に今日だけだからな。俺が起きるまでだからな! 今寝てるからだって!
って、思った瞬間、急に桂の重さがなくなった。
そんで、急激に隙間風の威力を痛感する……起きた、のか?
そりゃ起きたら、いくら寒いっても桂だ。敵の体温で暖を取るなど、嫌なんだろうって、思ったら。
「……いだっ、いたいたいたいって」
って桂の妙なうめき声……何だ?
俺は桂に肩を貸してるなんて、寝てるからできたことで、だから、起きてそっちを見ることが出来ないけど……できないからせめて息を殺して様子を伺う。
「ヅラ、黙れ」
「……何だ銀時! いきなり髪を引っ張るな」
「だから、黙れって。みんなが起きるだろ」
万屋が桂の髪を引っ張って起こしたらしい……が、何だ?
「……何故俺を起こす? 明日下山するために少しでも休んで体力を温存せねば。リーダーもお妙殿も新八君も居るんだ。俺達男が守らねばならないだろうが」
そうだ。何で万屋が桂を起こす必要があんだ?
何か、二人で窮地を脱するための考えでもあんのか? それとも俺達を出し抜く為の……どうやら万屋と桂は繋がりが有るみたいだから。そりゃ間の抜けた万屋が攘夷に荷担しているとも思えないが……もし、出し抜く算段でもするつもりなら様子を伺わねえと。
「だから! てめえの歯ぎしりが五月蝿いから起こしてやったんだって。みんなの睡眠の邪魔です」
万屋が静かなひそひそ声で桂に怒鳴った。外の吹雪の音で隣に居なけりゃ聞こえないぐらいの声だったが……。
いや、桂は歯ぎしりなんてしてなかったぞ?
近藤さんが地鳴りのようなイビキをかいてて煩かったけど、さっきあの女がガムテープで近藤さんの鼻と口塞いでたけど……俺も命は惜しいから寝てるふりした。俺が起きたら助けてやるから、朝まで生きててくれよ近藤さん。
「マジか? 俺は歯ぎしりなんてしてたか?」
いや、してなかったって。歯ぎしりどころか、寝息も聞こえなかったって。
「歯ぎしりだけじゃなくて、妙なイビキも煩かったしよ」
「そうか。煩かったらお妙殿に殺されてしまうな。助かった。有り難う銀時」
いや、イビキかいてなかったから。てか妙なイビキって何だよ。
「しかも寝相最悪。もうクラウチングスタートしそうだったぞ」
何だそれは。クラウチングスタートってどっから出てきた? よっぽど寝ぼけてたって、どこのどんな奴がそんな寝相すんだ。
「そうか」
しかも、そこ納得すんのかっ? クラウチングスタートで納得すんのか? 普段どんな寝相してんだ?
「お前が側に居るからと、どうも気が抜けたようだ」
「ったく。こっちはおちおち寝てられませんて」
いや、別に、桂は普通だったぜ? ちょっと俺の方に寄っ掛かてきただけだって。邪魔すんじゃねえ万屋とか殺意抱いたわけじゃねえって。
「んで、もうちょいこっち」
「わっ、何だ?」
「すきま風避け」
「みんな居るからまずいだろうが」
って、どんだけすきま風避けって近くに寄せてんだっ! 見てねえけど、桂の気配が遠くなったから、万屋の方に行ったんだろうけど、てか、みんな居るからって、見られてまずいような事してんのか、貴様らっ!
「白くてフワフワと堅くてツンツン、どっちがいいんだよ」
……堅くてツンツンって、もしかして俺の事か?
桂が俺に寄っ掛かてきたから、奪い返した……わけじゃ、ねえよな。ねえだろうな、男同士だし。
「何の事かわからんが、白くてフワフワは正義だ」
「白くてフワフワのが好きだろ?」
「当たり前だ」
いや、桂は俺と万屋の事を言ってる訳じゃないことくらいはわかるが……何このフラれた気分。
「なら、もうちょいこっち来なさい」
「っ、銀時。さすがにこれは」
「大丈夫。みんな、寝てるから。俺寒いの苦手だし」
「っても……まずくないか、この体勢は?」
「大丈夫だって。お前、寝相悪いから」
って、どんな体勢してんだ、てめえらっ! 寝相悪いって、なんで万屋がそんなこと知ってんだよ。
「だが……」
「ヅラだってくっついてた方があったかいだろ? こんなに手冷えてんじゃねえか。大丈夫だって、みんな寝てんだ」
ちょ、万屋、貴様っ! 桂の手を握ってんじゃねえ! 冷えてるってつまり桂の手触ってんだろ? 何羨ましい……気色悪い事してんの? てめえら男同士だろうが!
「ならば大丈夫だな」
「……っちょ、ヅラっ!」
「大丈夫だ。みんな寝ている」
起きてますから!
俺は起きてるから! ちょう起きてるって! って何やった、貴様らっ!?
「大丈夫じゃねえ。元気になったらどーすんのよ」
って、何元気になるようなことしてんだっ! 何したんだ、貴様ら!
見たい……いや、見たくない!
見たくない。見なくていい。何が何でも見たくねえ!
最近、ご無沙汰だから、ちょっと妄想が卑猥な方に走るだけで、見なくていい。
いや、きっと別に、普通の事やってるだけだ、きっとこいつら。UNOとかしてんだ、きっと。
「知るか。寒いから体温上げなくては寝られないだろう? 協力してやっ……っんん」
「……うるさい口はこうしないと閉じねえか?」
「銀時……不意打ちは卑怯だぞ」
「あー、ヨダレ垂れてんぞ」
「誰のせいだ」
……UNO。じゃねえ!
てか、お前らそういう関係かよ!
だって桂と万屋だろ? そりゃ、桂はその辺の女より見た目だけは女みたいな外見だけど、そりゃ確かに桂はそんじょそこらの女よりも見た目だけならよっぽどの美人だし、顔だけなら美女にみえるけど! コイツの太刀筋が女であるわけねえってくらい解ってるんだ。てめえら男同士で何やってんだよ!
しかもなんで万屋なんかと!
万屋だったら俺の方がいい男じゃないか?
いや、違う! いい男ってのは違わないけど違う! 別に、妄想の中で桂と俺を並べてない! 妄想の中で桂とキスしたわけじゃねえ! 断じて違う!
勘弁してくれっ!
俺は起きてるんだ!
頼むから場を弁えろっっ!
「銀ちゃん、ヅラ、うるさいアル」
「銀さん、桂さん、寝て下さい」
「外でやってもらえないかしら?」
「修学旅行じゃないんでさぁ。その元気明日に回してくれませんかね」
「「……すみません」」
「とりあえず、外に行かないなら離れて貰えます? 新ちゃんの教育にも良くないんで」
「あ、では俺がそっちに行こうか」
「来なくていいです。私に発情されても困りますから、このケダモノ」
「いや大丈夫だ。俺はお妙殿には間違ってもそんな気は起こさん」
「てめえ、私には魅力ないっつうのか?」
「っ、いや、そうじゃなくて! お妙殿があと二十五歳くらい年取ってたら俺も危なかったが、今のお妙殿じゃ……」
「てめえの性癖は聞いてねえ」
「銀さん、じゃ、僕と交換で」
「あ、おう」
「駄目よ。そっちはすきま風が寒そうよ? 真選組の人に行ってもらいなさい」
「しかたねえですね。俺もとっとと寝たいんで」
「ああ、もう、寝られないアルよっ! UNOやるぜ、ヅラ」
「よし解った。いくらリーダーとて手加減はしないからな」
「望むところだ」
「んじゃ、カード配って下せえ」
俺……いつ起きればいいの?
了
20130417
4100
初出11/3/20
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