心地好い青








「何やってんの?」

 銀時が酷く冷たい目で俺を見下ろした事で、俺はようやく自分が寝ていたことに気付いた。

「大したことではない」

 目を閉じて、そうしているうちに、ただ寝てしまっていただけだ。ただ、それだけで大したことじゃない。

「今日はいい天気だから仕方ないだろう?」

 銀時だって、こんな心地がいい陽が射す春の日は、よく昼寝をしているじゃないか。俺が寝ていたからといって、お前にだけは責められたくはないよ。
 陽射し柔らかく降り、風は少し肌寒いくらいだが、火照った身体には、とても気持ちがいい。
 目を開くと、銀時の顔と青い空と白い雲、流れるのが早い、空の上はもっと強い風が吹いているのだろう……とても、気持ちがいい。

 心地好さに思わず笑みを漏らすと、銀時は変わらず憮然とした表情で俺を見下してくる。その視線が言いたいことは解るが、だから俺はその視線から逃げたかったから、また目を閉じた。

「寝んじゃねえ」
「……眠いんだ、すごく眠い」
 昼寝はお前の専売特許だったからと言って、俺もこんな時くらいは目を閉じたくなる。


「……探させんじゃねえよ」

 横に、銀時が膝をついた。

「それは、悪かった、な」

 だが、大したことではないというのに……こんなこと。

「喋んなよ」

 微かな動きでも、傷口から血が溢れる。

 毎日のように誰かが死ぬ、今日だって、今だって、誰かが死んだ。俺の前で俺の友人が死んだ。俺が慕う先輩も一昨日亡くなった。銀時と悪巫山戯ばかりしていた俺達の共通の幼馴染もいなくなった。みんないなくなる。




 それが今回俺の番だった、ただそれだけ。

 大したことじゃない。



 俺は、痛みに動けなかった。痛みごときに、俺は膝をついた。
 手足がなくなろうと、首だけになったとしても、俺は俺の歯で喰らい付いてでも、負けないとそう思っていた。そう思って戦っていたのに……俺は痛みごときに屈して、立てなくなった。
 斬られて、倒れて、戦いが俺の上を通り過ぎた。ほとんど、意識はなかった。何度も踏まれたが、俺はもう既に死体になってしまっていたから、それ以上殺されるようなことはなかった。
 身体中が痺れて、麻痺していて、解らない。何も見えないくらいに暗いのに、銀時の顔とその表情、空の青さだけはやけに目にこびりついた。
 俺は、何故、まだ生きているのだろう。自分でももう死んだと思っていたのに……。
 まだ俺がこうして生きているのは、奇跡だと思った。あのまま俺は死んでしまうのだと思っていたから……最期に、この男に会いたいと、俺はどこかで願っていたのだろうか。


 戦は終わったのだろう。周囲の気配は静かだ。

 目が霞む。

 銀時と、青い空と、やたらに白が強調された雲しか見えない。俺の世界はもうそれだけだ。
 大きな雲だ。あんなに大きな塊が浮いているのはとても不思議だ。

 空は青くて、雲が白い。

 傷口を押さえていた俺の手は、黒いほどに赤いのだろう……が、もうそんな色は見たくない。


 風が強い。このままここで腐ちて、生臭い俺の腐臭もいつかこの風に流れてしまい、土に還るのだろう……それでいい。俺も仲間をそうやって見送ってきた。今回はそれが俺の晩だったと、それだけだ。
 あんなに大きな雲が俺の上を流れる。

 あの雲は何処へ行くのだろう、どこまで行くのだろう。目的はあるのだろうか、ただ意思もなく漂っているだけなのだろうか、あんなに大きいのに。
 最後まで見ていたいと、思う。
 最後の色は、赤よりも青がいい。そっちの方が、綺麗だ。

 どうせこのままでは……致命傷だ。陣営に戻ってもろくな治療はできない。そもそも、この怪我では動けない。

 だから……早く、お前は陣に戻れ。お前の色はもう白くない。赤く汚れている。俺は青に包まれたまま眠りたい。


 このまま……俺は空を目に焼きたい。




「銀時? 何を……」

 突然、身体が浮いた。
 腕を肩に回されて、俺の体を持ち上げられた。

「喋んな」
「馬鹿か! 俺はもう……っ」

「喋んなってんだろうが!」

 銀時も怪我をしているのは知っていた。動けないわけではないが、自分も陣に戻るのがやっとのはずなのに……その程度の傷を受けているのは知っていた。

 馬鹿か、お前は。
 そう、言いたいのに、痛みに肺が圧迫されて、声も呼吸も喉に詰まらせた。

 俺の腹から、鮮血が溢れてくる……これを、見て、何で……。



 諦めてくれ。
 俺は、そう願う。

 今までに散った同士達の志と死を俺が拾い集めて全部の重みを抱えて戦って、重さに耐えられなくなりそうで、その重さに膝が折れそうで、それでも後ろの道はどんどん消えていく、前に進む道もどこにもないのに、それでも泥濘のような、道にもならない場所を、俺は前だと信じた方向に進むこと以外残されていなかった。
 それは、銀時も同じだ、今生きている仲間のみんな同じだ。

 そして、今度は俺がその重みになるだけだ。

 俺の重さなら、銀時ならきっと背に負っても歩ける。
 この男なら、俺が知るこの幼馴染ならきっと俺の重さにも耐えられる。

 これから、またもっと重くなる。
 それでもきっと銀時なら、耐えられる。そして、目指した場所まで進んでいける。俺はそう信じている。

 だから、青が見たいんだ。最期ぐらいは我が儘を聞いてくれ。
 俺は、赤じゃない、青がいい。
 目蓋を閉じて太陽を見ると真っ赤になってしまう、だから最後まで青を見ていたいのに。







「絶対、お前を死なせねえ」







 諦めて清浄な青を受け入れるより、生臭い赤の中を這いずって進めと銀時は言った。












20130312
2100