「勝負あったな」
桂は不敵な笑みで俺に刀を突きつける。
俺が桂を見つけて追い詰めた筈だったが、抜刀し斬り合ううちにいつの間にか形勢逆転し、俺が握っていた刀は飛ばされ手の届かない場所に転がる。
そして、俺の喉元には、白刃が光る……。
「くそっ!」
残念ながら、刀は落とされた。銃は苦手だから持ち歩いてない。武器はない……。
万事休す……。
「殺すなら殺せ!」
負けたのは俺の力不足だ。桂の力量は解っていた。攘夷戦争時代の化物だ。そんなことは知っている。だから俺も手加減したつもりはない。本気でこの男を殺しにかかった。そして、桂は俺の攻撃を往なしながら、俺に向かって決定打になるような攻撃をかけることはなかった……本気で俺を殺しにかかってはいなかった。力量の差は、解っていた。
「別に……命までは奪いはせん」
涼しげな桂の態度に、敗北の悔しさが込み上げる。
「情けをかけようってのかよ……」
隊士達も何人も攘夷浪士にやられている。情けないが、真選組である限り、こんな事態も想定内だ。ここで俺が死ぬことになっても、それは俺の力不足が原因だ。悔しいからといっても、こいつに情けをかけらる方がよっぽどの屈辱だ。
敵に、見逃してもらうとか、真選組のプライドにかけて許せねえ。
だったらいっそのこと斬られた方がましだ。
「殺しはしないと言っただろう?」
「何それ? 今見逃して、次は捕まえるかもしんねえぞ? それとも俺には捕まらねえって自信か?」
悔しいが、力量で俺はこいつに敵わない。今だって全力だった。桂は刀で俺の攻撃をいなし、俺の腕から刀を叩き落とした。
「別に欲しいのは貴様の命ではない……ただ……」
桂が、少し口ごもった。
「ただ、何だ?」
桂は俺の首から刀を外した……殺す気はないらしいが、俺は今武器を手にしていない。この状態でも、不意討ちで桂に襲いかかっても、勝てるかどうか。
だが、桂は今条件を出そうとしている。何だ? 天人の情報か? それとも真選組の情報……もしかしたらテロの手引きをしろ、とかだろうか。俺を内通者として……そんな目に遭うくらいなら、死んだ方がましだ。
「ただ、頼みがある」
桂は短刀を鞘に収め、懐を漁っている。
今、俺が隙をついてコイツに体当たりをしたりとか、考えてねえのか?
桂は俺から視線を外し、懐を漁る……何だ? 何を出す気だ……?
桂の表情からは何も読み取れないが……読み取れねえけど……見たことねえ表情をしている。
少しだけ、顔を赤く染めている……?
何があんのかと思って、俺は、身構えた。
「……これを……」
そう言って差し出されたものは……。
「何、その猫耳……」
「猫じゃない! 犬だ!」
「同じだろうが!」
「確かに、肉球の愛しさは同じレベルだが、貴様は犬と猫の違いもわからんのか?」
「じゃねえっ! 何だよ、それって!」
「だから、犬耳」
「だから、じゃねえ!」
「頼む! これを着けてくれ!」
「はああぁッ?」
何それ?
いや、命乞いの代わりの条件が耳をつけろ、だと?
何考えてんのコイツ?
「頼む! 一生のお願いだ!」
「ふざけんなっ!」
「お前が俺にコテンパにやられたとかは言い触らさんから、頼むからこの犬耳を着けてくれ!」
「誰がそんな真似するかよ!」
「本当に、一生のお願いだからっ!」
耳を手の間に挟んで、両手合わせて上目遣いにお願いのポーズなんかすんじゃねえっ! 可愛いとか思うわけねえけどムカつく。
「だからっ! ふざけんなっ!」
あまりに頭に血が上ったせいで、うっかり現状を見落として桂の胸ぐらを掴み上げた、瞬間。
「装着っ!」
俺は、犬の耳のヘアバンドを頭に付けられた……って、何?
「てめっ!」
「トシ子ォォッ!」
しかも、女の名前叫んで抱き締められた……って、何?
「ああ、会いたかったぞトシ子っ!」
トシ子じゃねえ! 十四郎だ!
「ちょ、桂! 何だよ!」
「いや、済まない。あまりの可愛さについ理性が崩壊しかけた」
「何だよ! 離れろ!」
「済まない。つい」
「つい、じゃねえ!」
何なんだ? 可愛いとか、見た目からすりゃ、こんな女みたいな容貌してる桂の方がよっぽどじゃねえか。
「だって」
「だって、じゃねえ! 何なんだよ、急に!」
だってじゃねえよ。いい年した男が唇尖らせたって可愛いとか、ありえねえだろうが!
「……昔、近所で飼われていた犬によく似ていたから」
はァ? 犬?
「ああ、見れば見るほどトシ子にそっくりだ」
頭に手を伸ばされて、頭を撫でられた……何しちゃってんの、コイツ? 俺が誰だか解ってんの?
誰にその笑顔向けてんのか解ってんのか、コイツ……。
桂の笑顔を見たことがないわけじゃねえが、たいていは勝ち誇ったような見下したような、こっちの気を逆撫でるような笑顔だったが……。今、桂は、未だ見たことがない笑顔を俺に向けていた。
背後に大輪の花が咲き誇ったように見えたのは、俺の幻覚か?
その笑顔を向けて、桂は俺の頭と言わず顔と言わず撫で回してくる。
ちょっ、その顔は反則だろ? 外見は綺麗な奴だと認識はあったが……その笑顔、刃物よか凶器だって。
……動けねえ。つい、その顔を食い入るように見つめちまう。
「トシ子は警戒心が強くなかなか懐いてくれなかったが、仲良くなると千切れそうな程尻尾を振って、会う度にそこら中舐め回されたものだ」
……今、別に、妄想してねえから! 俺が犬になって、桂を舐めるなんて想像してねえから!
「土方」
「……あ?」
「……抱き締めて、いいですか?」
「…………」
はい、と、答えてしまった俺は、ただの敗者だろう。
了
20130225
2100
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