鋏 



 





 最近あまりにも御無沙汰すぎる幼馴染に、わざわざ俺からご機嫌伺いをしてやったのは、仕事もない晴れた日の午後。
 暇なら毎日のようにうちに茶を飲みに来るくせに、本当にここんとこめっきり音沙汰がない。

 とりあえず、生きてんのは知ってる。

 最近台頭してきた天人と攘夷派が相変わらずの不仲で、なんかの御不興を売ったらしい天人に、過激派の奴らが色々と暴れまわってるのを抑えるのに忙しそうにしてんのは知ってるから、んであんまりでっかい事件も起こってないってことは、とりあえず今忙しいんだろう。

 だから俺に挨拶にも来ねえって、そう言う道理が罷り通ると思われちゃ困るんだけどな。


 一ヶ月くらいだろうか……俺が、ヅラに会ってないのって。

 別に心配なんざしてねえけど。
 そんなんしてたら俺の身が持たねえから、そんな御大層なことはしてやんねえけど……でも、一ヶ月も顔見てないから、ちょっと散歩がてらにヅラの家のそばまで来たから、そのついでのつもりだった……けど。

 いつも通り、寝る時以外は無用心に鍵も締めないヅラんちの玄関勝手に開けて上がって、奥の居間はこの寒い中、縁側に続く窓は全開になって……俺は、凍りそうだって思った。


 寒さじゃなくて……。

 ヅラが居た。

 居るのは、いい。会いに来たんだから居てくんなきゃ困る。ちょうど居る時で良かったって、見て一瞬はそう思ったけど……。



「……てめ、何やってんだ?」


 ヅラは、声をかけても、俺を見てくんなかった……。

「……何の用だ? 悪いが、これからすぐに出なければならない」

 俺に気づいてるはずなのに、ヅラはこっちを見ずに……外を見ながら、ヅラは自分の髪の毛と、鋏を握ってた……


「……何、やってんの?」

 ヅラが握ってる鋏が、やけに冷たい色をして光ってたから、俺が、凍るかと思った。

「いや、ただ髪を切ろうとしていただけだ」

「てめ……っ!」


 心臓が、止まるかと思った。
 だって、ヅラが髪切るって……だって……やっぱ、来なきゃ駄目だったんじゃねえか。


 ずっと、小さな抗争が続いてた。それを抑えるのにヅラは奔走してたのは、俺だって解ってる。

 昨日は昨日で、小さな事件が起こった。
 誰も気にしないような騒ぎだ。



 んでも、何人か捕まった。

 そのうちの一人は……長くからの攘夷志士だった。俺も顔ぐらい知ってる人だ。俺達よりも一回り年上で、昔から天人と戦って、強くはなかったが、戦争を生き延びてヅラと同じように志に忠実に生きてきた奴。ヅラとは袂を分かち、それでも過激派の志士として、あの人はあの人なりの正義だって思ってる道真っ直ぐ歩いてた。
 昔は、そんな仲良かったわけじゃない。俺はあんまりよく覚えてないけど、ヅラは……こんなことやって長いんだ。俺よりは仲が良かったかもしれない。

 その人が、捕まったって、昨日テレビでやってた。
 死んだわけじゃねえが、それでも、俺だって、知ってる人だった。
 きっと、出てこれない。あの人は死ぬまで牢屋に入れられたままになるんだろう……。

 抗争は、天人とじゃなくて、真選組とでもなくて、過激派の奴らと、ヅラ達と……。


 心配なんかしてたわけねえけど、どうせヅラなんだから無事なの当たり前だったんだけど……それでも




「何やってんだよ、髪切るって……てめ、何があった?」

 何か、あったんだって……だって、昔から長い髪で、戦争中に女に飢えた馬鹿どもが勘違いするから治安と風紀の維持のためにも髪を切れって俺達が何回言っても絶対に髪なんか切ろうとしなかったヅラが……髪、切るって……。

 ヅラの肩掴んでこっち向かせて、俺はヅラの手から鋏を取り上げた。


 何、やろうとしてた、お前……今? 何があって……








「何があったって……枝毛だが?」




「え?」
 だげ?

「ああ。枝毛だ」

「………枝毛って」

「そう、枝毛だ。有難いことに俺は長髪が似合うし、髪が長いといつまでも放っておいても大して気にしなくていいのだが、さすがにここまで長くなると、どうにも毛先が軟弱になるから、先端を揃えようかと思ってな」

「………」

 ………えっと……。


 俺、どうすりゃいいのか?
 地球の重力受け止められるほどの気力がもう俺には残ってねえんだけど……それって、どうすりゃいいんだ?

 どうしようもねえから、そのままヅラの肩に頭を置いて、ずるずるとヅラの上に倒れかかった。ヅラは重いって言いながら、俺を押し退けるけど、それでもめげずにヅラの上に俺はさらに体重をかける。

 なんだよ。ほんと、なんなの? だから、心配とかしてたら俺の身が持たねえんだよ!
 いや、もう……だから、何なんだよ、何なの本当にコイツ!
 心配なんて、そんなのだから絶対してやんねえんだけど、そんなのしないつもりだったのに……驚かせんじゃねえよ!

「……驚かせんじゃねえ」
 本気でこいつが髪を切るのかと思って、一瞬心臓止まりかけた。

 綺麗な長い黒い髪、ヅラみたいに何色にも染まらない真っ黒で真っ直ぐな髪が好きだなんて、俺は言わねえけど。絶対に言えるわきゃねえけど。
 ヅラの髪、きっと俺のがヅラよりも大事にしてるの、ヅラは知ってんだろうか。


「いつも俺に切れとか取れとか言ってるくせにか?」

 ヅラは軽く笑いながら俺の手から鋏を奪おうとするから、俺は強く握って後ろに隠した。

「ほら、危ないだろう? ハサミを返せ。俺も暇じゃない。髪を整えたらすぐにでも出なくてはならないからな」

「……俺がやる」


 お前に持たせると、不安だ。
 俺が大事にしてるお前の髪が、お前に切られるとか、すっげー不安。












 さくさくと音がして、ヅラの髪が落ちる。

 最近ずっと切ってなかった。ヅラもわざわざ床屋に行く事も少ねえし、先揃えるぐらいは自分でやってるみたいだけど、ヅラの髪の毛を切るのは昔から俺だった。敵に斬られて不揃いになった髪を、気にならないように整えたり、伸び放題に伸びた髪を一定の長さで整えたりすんのって、毎回俺がやってた。
 背の中程。肩甲骨のちょっとした辺り、そのあたりで均一の長さになるように、ヅラの髪の毛を切り揃える。

「お前が最近切ってくれないから、重くて困っていた」
「すんませんね」

 どうせそんな暇、なかったくせに。
 長くなったヅラの髪は、ずっと放置してたから、長い部分はもう腰の下まで伸びてきてる。ずっと、俺が切る暇がなかったから……切らせてくんなかったから。

「俺も自分で揃える程度の事は出来るようになったが、お前ほど器用には切れないんだ」
「そりゃ、お前不器用だもんな」

「だから、お前が居てくれないと、困る」
「へえ? 俺がいなけりゃ、アイデンティティの崩壊って?」
「そこまでは言っていない」

 さらりとした髪が、鋏みを入れると、指から溢れる。



「銀時」
「あ?」

「だが、お前が居なくなるのは、本当に困るな」


「………」

 返事はしなかった。そんなもん返してやんなかった。
 ただ、俺は何も言わないけど、ヅラの髪の毛を切り揃える。背中に一文字になるくらいに、真っ直ぐ切る。

 いつもよりも少し短いくらい、真っ直ぐになるように。

 この黒の色が、一番綺麗に見える長さ。


 落ちた黒は、床に散って、それでも真っ黒で綺麗だったけど……これは、こいつの不要な部分。
 最近枝毛が出てきたって。末端まで神経届かなくて栄養が行かなくなった部分、不揃いで重たくなった部分を、鋏で音を立てて切り落としてることを主張させながら、俺はヅラから切り離す。

 ヅラの要らなくなった部分、重くなった部分、綺麗じゃない部分、その部分を、俺がヅラから切り離す。


「俺は別に、落ち込んでいるわけではない」

 お前がお前の道を、お前の髪の毛みたいに、真っ直ぐに進めるように……俺はその祈りを込めて、今切ったばっかりの髪の毛の一房をそっと持ち上げて、口付けを落とした。

 心配なんざしてやんねえけど、ヅラがどうなったって知ったことじゃねえけど、でも、俺はお前が見てる前から視線がぶれないように、ヅラがヅラであるように、誰よりも強く願ってる。俺が俺であるために、お前がお前でありますようにって。

「……そりゃ、良かったわ」

 あの人はあの人で立派な人だった。
 それでも、ヅラにはもう不要なんだ。お前の前にある道に、障害物としてあったんだから、仕方ねえ。尊敬出来る人だったかもしれないけどさ。

 それでも、ヅラの信念の前でぶつかったんだ。



 あの人は、ヅラにとって、要らない部分。



「落ち込んでいるわけではないが……それでも、手向けとして、俺の髪でもくれてやりたくは、なったんだ」


 それでも、俺が来たんだから……俺がいるんだから、お前の大事な髪の真っ直ぐで綺麗な部分まではやれねえって。














20130213
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