初めて会った時に、女神様かと思った 21 



 





 隣で土方が寝ていた。

 イビキの混じった寝息が、俺の頬にかかっていた。

 いつの間にか、布団に寝かされていた。
 着物も脱がされていたが……。


 ……………とりあえず、記憶が覚束無いわけではない。ちゃんとしっかりと覚えている。何があったのか、そして、それは自分の意志でそうなったのか、ちゃんと解っている……のが、ムカついた。


 すごく、腹がたったので、土方の顔をつねると、期限の悪そうな寝顔は俺の身体に腕を回してきた……寝たまま、意識のない状態で俺は抱き締められた。そうか、この男は寝いても馬鹿力なのか、抜け出す事も出来ずに息苦しい。息苦しいが、死ぬわけではない。苦しいからとここを抜け出そうと動けば、もしかしたら起こしてしまうかもしれない。いや、頬をつねった時点で起きる必要があったのはこの男のほうだが……起きない、のか。
 動けない、この状態では、仕方ない。
 だから、何とか呼吸が楽になる場所に顔をずらすことが精一杯だった。俺も力はそれなりにある方だと思っているが……馬鹿力め。どちらかというとバカの方のみを強調したい。


 俺は、布団と土方の腕からなんとか這い出して、新鮮な空気を吸い込む。



 こんな、至近距離に土方が寝ていた。

 間近に、土方が寝ている。当然ではあるが、寝顔など初めて見た。
 寝顔は意外と可愛い。とか、思った自分に腹が立った。


 俺にあんな事をしておきながら、悠長に寝顔なんか晒して……寝首をかかれるとか、思わないのだろうか。俺が誰で、自分が何であるか、解っていないのか?
 そもそも、この俺に何をしたのか解っているのか、この男は?



 今なら……。

 この男を、俺の自由にできる。
 寝首をかける。刀は遠くにあるが、俺の両手をこの男の首にかけて、そのまま握ればきっと……俺達は、そういう関係なんだ。
 俺は、俺のしたいことがある。そのための犠牲はいくらでも払ってきた。俺の心は全て攘夷に捧げている、今更それを覆すための要因などあるはずがない。

 俺は、今まで幾多の命を奪ってきた。
 殺さなくては俺が死ぬ。そんな状況を掻い潜ってきた。死ぬかと、もう全てを諦めるのかと覚悟した事も一度や二度ではない。



 安心しきった、寝顔は。

 俺の全てを無効化した。


抜け出せないから仕方ないから、今はやめておいてやる。





 ……さて、本当にどうしたものか。



 ぎゅうぎゅうと抱き締めてくる土方の体温は、心地好くて嫌いではない。

 微睡みに誘われる温度だ。


 こんな関係……続くわけなどないんだ。

 立場が違う。俺達は真逆の存在である。



 さて、叩き起こして、これきりにしようと言ってしまわないと……そう思うのに、この男の眠りを遮るのが憚られた。なにしろ、とても気持ち良さそうに眠っている。これをたたき起こせるほど俺も鬼ではない。






『惚れちまえばいいんじゃない?』


 銀時に言われた台詞は、あれ以来脳から追い出せない。
 何を馬鹿なことを言っているんだ、あの馬鹿は。そんな馬鹿げたな事態が許される関係ではない。と、誰よりも俺自身が自覚していたというのに……結局は俺も馬鹿だったのだろう。
 俺達は敵だ。俺の道に立ち塞がるならば命さえ奪うことも躊躇わないだろう。今、ここでこうやっていて、互いに生きてこうして呼吸をしていることさえ不思議なくらいだ。
 もし、俺は次に俺の前にこの男が立ちはだかると言うのならば、俺は躊躇いもなく斬り捨てることができると、そう思っている。




 それなのに、この男は、悠長に寝ていて……。


「ふぁ……」


 あくびが、出た。

 急に、眠気が襲ってくる。



 ああ……なんだか、急にバカらしくなった。


 そうだ。この男も馬鹿だったし、俺も馬鹿だったんだ。

 このまま眠れば、きっと良い夢を見るに違いないと思える温もりを、手放すのが……今とても惜しくなった。



 馬鹿なことをしているなどと、自覚はある。この男との関係も、攘夷も。
 時代に身を委ね、逆行せずに、その流れをうまく利用し、俺だけが幸せになる方法は、今まででもいくらでもあった。俺は俺の能力を卑下していない。俺が俺の矜持を手放せば、俺が選べばいくらでも俺だけならば幸せになることができる現状は用意されていた……それでも、俺が俺である限り、俺はこの道しか歩けない。




 この関係が、このまま続くわけなどない。

 冷静に考えなくとも、土方と俺が恋仲になるなど、あり得ない話だ。


 俺は、攘夷を決行し、現在の政権を覆し、元のあった、先生の居た世を、あの時の幸せを俺の元に取り戻したいと、そう願って、だから、俺の攘夷戦争はまだ終わっているわけではない。


 そして、この男は、俺の理想を阻む敵だ。


 そんな事は、もともと知ってる。



「………」





 眼蓋を落としたのは、眠気に負けただけだ。

 負けたのは睡魔であって土方にではない。



 続くはずなどないなど、解っているが、今はこの安寧をどうしても手放したくない。
 睡魔は、何よりも強いんだ。最強だ。

 眠気に負けただけだ。今、土方を叩き起こして、もう二度とこんなことはないと宣言する事を思うと、心臓が、痛くなるのも、きっと睡魔のせいだ。

 だから、仕方ない。




「……桂?」
「どうした? 起きてしまったのか?」

「寒くねえ?」


「ああ。お前が、居るから」



「……ん」


 そう言いながら、土方は再び布団と腕の中に俺を閉じ込めた。




 俺は、現状に全て逆行している。
 俺の望む世界は、天人に支配されている世ではなく、排斥を望んでいた昔とはまた代わり、現在は、俺達の世界は俺達が統治し、天人ではなく、俺達による治世が行われる世界だ。

 そして、俺は俺の崇高な理念のために、この男は敵でしかない。
 土方も、俺は敵だ。

 その一対の線の上に居る。


 その上にいることを理解しながら……ただ、土方が俺に妙なきっかけで恋をしてしまい、そのまま俺が土方を愛しく思ってしまっただけだ。ただ、それだけ。




「桂……」

「どうした?」


 帰ってきたのは、寝息だった。



 なんて、馬鹿らしい。

 馬鹿らしいのが、己の人生か。
 抗う事が、俺の本分と言うならば、この男にどうやら惚れてしまったようだというどうしようもない事態も、詮無いことなのかもしれない。


 だから、いつまで続くかわからないが、続く限り続けてやろうという気になった。














20121224
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