初めて会った時に、女神様かと思った 10 









 土方はじっと俺の目を見る。
 攘夷の事を話すわけにはいかないが、適当に嘘を並べられるような二枚舌の構造はしていない。
 なのに、目を逸らせないこの状況で、せめてどうやって何を話をすればいい!
 目を見ながら嘘を吐くなどよっぽど大胆不敵な心臓でないと出来ないはずだ。小心者ほど嘘が上手いというが、逆じゃないか? 嘘をついても罪悪感を感じずに心が曇らないような豪気な輩が嘘を吐けるのだろう。

 だから、何を?
 どう話せばいい?

 今回の密談相手はそれなりの規模の過激派志士達の頭目だ。俺と手を組むだなんて知れたら警戒されかねない。
 今幕府に偵察に来ている天人があまり好ましくないので、今色々工作して追い返そうとしている最中だというのに、睨まれたりしたら動きにくくなってしまうではないか。今いいところなのに。

 攘夷の事は機密事項だ。
 社外秘なので無理だ。
 どうにかして誤魔化す方法はないだろうか。不甲斐ないことに、適当に嘘をついてあしらえる捻れた精神構造は持ち合わせていない。




「……道を歩いていたら、あいつらに囲まれた」

 別にその前の過程やら、あいつらとの関係は伏せさせて頂きます。
 嘘を吐いてる訳じゃない。正確にはあいつらと道を歩いていたら囲まれたのだが……まあ、あまり大差ないだろう。



「他には何か、話せることだけでもいいんだ」
 ならばその好意に甘えてそうさせてもらおう。

「……裏路地に連れ込まれて、身体を触られた………」

 と、自分で言ってから……思い出した。
 思い出すだけで、震えが走る。

 嫌悪感に全身が蝕まれる。
 屈辱に、唇を噛み締めた。あんな屈辱。俺は、男だというのに。



「あんた綺麗だから、目をつけられたんだろうな。証言できんなら、あいつらに他の罪状を突きつけられるが……」

 それはごめんだ。誰がそんな屈辱を要求するものか。男の俺は男に襲われましただと? 幼馴染みには口が裂けても言えない。絶対に墓に入るまで馬鹿にされるのが目に見えている。銀時や高杉が同じ目にあったら、俺は盛大に笑ってしまうだろう。



「思い出したくない……」

 記憶から抹消だ! 消去だ!
 あいつらには俺がこの手で天誅を下してやった。それでもう終りだ!




「……そっか」
「気が付いたらお前が居た」

 さすがにそれ以上言うことは出来ない。うっかりボロが出るとも限らん。


 実際、あんまり具体的に覚えていない。
 殴りかかられたのをかわして、大勢を崩した相手を、群れている部分に投げつけて、その隙に、端から鳩尾に拳を入れて沈め……いや、何となく覚えているけど、やっぱり気がついたら土方がいた。
 時間は見ていないが、だいたい十分前後だろう。

「そうか、あんな大勢に……怖かっただろう」
「………」
 人数は、大した問題じゃない。


「大丈夫だからな、もう心配ないから」
「………」
 死ななかったのであればそれでいい。俺も散々殴らせて頂いたが、せいぜい真選組にも灸を据えてもらえばいいと思う。




「なあ……桂が、あの場に居たらしいが、覚えてないか?」
 俺は、あの場に居たが、具体的に何をしたのか覚えていないな。
 男の胸ぐらを掴んで、拳で顔を殴打していた事なんかは何となく覚えてはいるが。


「覚えていない」
 ……そんなには。

「頭を打ったときに、気を失ったんだな。それで気がついた時には、あいつらが倒れていた……そうなんだろ?」

 大した考察力だなとは思ったが…………………もう、それでいい。いや、是非ともそれがいいです。


「ここなら安全だ。不安だったら、ここに居たってかまわない。悪いが仕事だ。桂を捕まえなきゃなんねえ」

 ……ここに居るが。
 しかも、手を握ってんじゃ無いか。
 しっかり今捕まえられてるが。


「明日の朝には帰って来れると思うから、ここなら安全だ。居てくれて構わないから」

「あ、……」
「何?」
「いや、家が近いから、帰りたい」

「そっか。なら送るよ」
「本当に近いから、大丈夫だ」

 残念な事に、本当に近い。同じ回覧板が回っているかもしれないほどに近い。



「……………なあ」
「?」

「また、アンタに会えるかな?」


 じっと、俺の目を見つめる。握られていた手を、さらにしっかりと握り直される……なんて体温の高い奴だ。



 決して会いたいなどとは思えないが。

「………ああ、きっと」


 不本意ではあるが、きっとまたすぐに会うことになるだろう。
 このの町は広いわけではない。




「土方……」
「……アンタに、また会いたい。アンタに一目惚れしたんだ。また会ってくれ」

 俺は、肯定の意味を込めて、土方に微笑みかけた。
 土方の顔は、耳まで赤くなっていた。


 なんだろうか、この妙な感覚は。
 くすぐったいような、土方の頭を撫でてやりたくなるような。

 幼い頃に、近所に犬を飼っている家があった。史郎と名付けられた黒くて大きな犬は、野性的な肉球を持ち、威圧的な外見とは裏腹にとても人懐こく、誰にでも尻尾を振っていた。番犬には向かないと飼い主は言っていた事を思い出した。あの史郎に、どことなく似ている。ちなみに、史郎は雌だった。


「姉さん、また会ってくれ。また会いたい」

 ぎゅっと手を握られて、熱い眼差しを向けられた。
 土方の目付きの悪い威圧的な顔が真っ赤に染まっていた。
 その顔と言葉には、嘘が見えなかった。


 なんだろう。
 なんか、必死な土方が、可愛いなどと思うのは一体何だろう。

 つられてこちらまで赤くなる。頬が熱い。



 男に惚れられて、悪い気がしないと思ったのは、初めてだ。










 さて………………帰ろう。








20121014