礼儀として厚遇に対しての睨みを向けてみるが……この体勢では……間接が壊れるのを覚悟するか、それともやはり大人しくして隙を伺うか。
と、思った時に、髪を強く引かれ、頭を壁に打ち付けられた。
「……がっ」
頭を打ち付け、世界が回った。
こめかみが切れたようだ。頬にぬるりとした温度がが伝わってきた。頭からの出血は見た目は大袈裟なものだから、この出血量ならたいしたことはないだろうが……それにしても……
「あんたも、立場解ってんのか? ああ?」
腹の底に響きそうな、低い男の怒声が俺の顔に唾液と共に降りかかる。
汚い。
とても、不快だ。
こめかみの傷よりも、捕まれている髪よりも今はこの男の唾液が何より不快だ。顔を洗わせてくれ。
「……客観的に見たら、大人数で女を襲ってるように見えるだろうな。大声出すぞ?」
もしかしたら、女の服を着てきたせいで、女のようだと思われ侮られたのかもしれない。いや、実際侮っていたのは俺の方だが。
「女だろうが何だろうが、今捕まって困るのは同じだろうが」
それもそうだ。俺が今なんであったとしても、この状態は……ご遠慮願いたい。
それに、この場所は、叫んだとしても人通りなどはない。柄の悪い連中が元々多く屯している場所だ、騒ぎが起きたところでわざわざ通報などするような奴は、はなからここには来ない。
だから、わざわざ俺もこの場所を選んだ。
「それに、アンタだって解ってるんじゃねえか?」
男の息がかかりそうなこの距離は、本当に、辛い。この男の息は黄土色をしていそうな気がする。思わず顔を背けたくなるような生理的な悪寒を止められない。
「何を、だ?」
「桂さん、初めて会ったが、あんた綺麗だな」
鳥肌が、立った。
「……ああ、よく言われる」
美辞麗句などは昔から言われ慣れているが、どんな些細なものでも嬉しいものだと思っていた。この男の卑下た笑みは、俺への賛辞を全て台無しにした。こんなに嬉しいと思わない賛辞は初めてだ。
「こんな細い腕で、あんたみたいにのし上がって来るまでに、やっぱりこの身体も使ったのか?」
「…………」
こいつらが、言いたい事は理解できてしまった自分が情けない。
そういった目で見られた事は何度もあるが、俺は断じてその傾向はない。その手のお誘いは全部力で捩じ伏せてきた。
この俺に手を出そうなどと言う不届きな奴は居ないと思っていた。
戦いに明け暮れていた猛者揃いの男所帯でも、一度寝込みを襲った相手を半殺しにして以降は落ち着いた。俺のを触るなどと、当然の仕返しだったと思っているから、謝りもしなかった。幼馴染は未だにお笑い種になる……あの時、キレて暴走した俺を止めるのに苦労したらしいので、少しぐらいは我慢しているが……。
見た目がどうあろうと、俺は、断じてその傾向にはない。俺のその場所に触れていいのは、美人な奥方か、妙齢のご婦人だと決めている。
確かに俺はそれなりの美貌を誇るが、だいたいまずは男なんだ。その辺りをちゃんと認識するといい。
確かに今は女物の服などを着てはいるが、ついてるもんはついている!
「ひ、ぁっ……」
突然尻を撫でられて、鳥肌が立った。
「貴様、気色悪い事を………んっ!」
怒鳴ろうかとした途端、男の太い指が、俺の口の中に侵入してきた。
指で舌を撫でられて、気色の悪さに涙が出そうになった。このまま、噛みついて指くらい食い千切ってやろうかと……
「んっ、………っう」
他の男が、着物をめくり、足を触って来た……鳥肌が立った。
……気持ち、悪い。
何故男なんかに、触られる羽目になるんだ? 無骨な手は、ザラザラとしていて、気持ちが悪い。体温が高く汗ばんでいる手が、俺の肌を不快な色に染めていくような錯覚がした。
まずい……キレそうだ。
キレたら見境がなくなってしまう自分は、自覚がある。
そんな事になれば、殺してしまうかもしれない。
あの時と同じ場所に立っているわけではない。だから、怒りで我を忘れるわけには行かない。
俺の理想とする世に、それに向かう方法にも命を奪い合う必要などない。もし今、殺してしまったら、俺が正しいと信じて歩んでいる道を見失ってしまう気がする。
だから、殺せない。
俺は、穏健派を名乗るようになり、それを認められた。俺もその立場でいいと、それが俺の歩んでいく道だと信じているから、これ以上、俺の独断で相手の命という尊厳を奪うわけにはいかない。
が……
背中の男が身体を押し付けてきた。
………なんか、尻に固いモノが当たっているんですけどおぉっ!
ちょっと、待て、男に勃たせて、どうするんだ!
確かに俺は、そこいらの女性よりは美人かもしれんが……でも、男にだから!
「ん……ぅんっ!」
口は、男の太い指が入り込み塞がれたまま、……着物の裾が捲られていく。
武骨な男の指で、足が撫でられ、下着の中にまで手が入ってくる……。
そして、触られたのは……尻の穴。
に、ぐりぐりと指が……入って、来る。
「見ろよ。綺麗な色をしてやがる」
見えるかっ!
てか、見るな!
唾液でも付けたのだろうか、侵入など許すまいと思っても、中に少しずつ、俺の中に……血の気が、引いてくる。
そこは出すことを目的とした場所で、入れることなど想定していない! 日々の鍛練に手を抜いた事などないが、さすがに肛門括約筋を鍛えた事など一度たりともない!
「んっ……うぅっ……ふ」
やめてくれ。本当に、気持ち悪い!
冷や汗が吹き出す。怒鳴り声を上げたくても、男の指が俺の舌を捕まえて居る。閉じることも出来ない口からは、情けなくも唾液が伝った。先ほど打ち付けられ切った額の血筋と同じように、唾液は顎を伝い喉までを濡らす。
指が……男の指が俺の身体の中に、押し入って来る。
俺だとて内臓など鍛えた事などない。初めての痛みに泣いてしまいたくなる……こんな奴等に……。
男の指がぐりぐりと俺の尻の穴を広げる……。
「……っ! うぅっ…んっんん!」
やめろ、と、叫びたかった。
やめてくれ。
指が抜かれた直後、其処に押し付けられた熱い……!
俺の勘違いで無ければ……
……目の前が赤くなってきた……。
そして、ぷち、と……頭の中で、音がした。
のは、気のせいではなかったようだ。
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20120913
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