初めて会った時に、女神様かと思った 01 



 





 密談があったんだ。

 中央を牛耳る天人を狙った過激派の攘夷志士がテロを起こすとの情報を耳にして、さすがにこの江戸の町中で騒ぎを起こせば民間にも被害が及んでしまう、なんとか中止できないかと、過激派の頭との会合。

 俺とそっちの頭との会合などが明るみに出れば、それなりに大事になる。相手はこの町で過激派の志士を束ねる男だし、一応俺は穏健派と呼ばれて久しい。
 過激派と呼ばれていても大義のへの志は俺と同じ場所にある筈だ。穏健派と呼ばれるようにはなったが、今となっては手段は変わってしまったが、世を変える術として今の手段を変える気などさらさらにない。

 過激派からすれば裏切り者の俺と、過激派の頭である男との会合など、誰にも見つかるわけには行かない。
 穏健派にも過激派の奴等にも極秘裏に事を運ばなければならないので、変装をして……と言っても、大して柄のない女物の着物を着て、紅をさした程度だが。

 会合は概ね成功した。
 頭は過激派で名を通す屈強な志がある奴だったが、少し融通の効かない部分はあるようだが、昔の自分を見ているようで、決して嫌な相手ではなかった。
 俺の目指すものとその熱意も伝わり、俺の為すことに、協力もしてくれる事になった。代償に色々と協力せねばならなくなったが。俺の傘下に入りたいなどという申し出に対しては有り難く拒否させて頂いた。

 急激に過激派から穏健派に鞍替えするのは難しいだろうが、あの男なら、大丈夫だろう。向かうべき先の映像が出来ている点では、評価すべき人物だった。



 そのまま出てきて……今の潜伏先の長屋に向かう途中に、近道をしようとしたのが……間違いだったのだろうか?







 ……囲まれた。


 先ほど会った頭目に従っていて、納得の出来ない過激派の志士達が、俺をつけて来ていた事に気付いていたが……甘かった。

 どうにか撒こうと色々と逃げてみたが……。

 そこで人混みに逃げたのが再び間違いだった。

 人混みに紛れてしまったつもりだったが……。



「桂さん」

 急に、頭半分ほどの上背のある男に肩を叩かれて観念した。

「………何の用だ?」
「そんなおっかない顔で睨むなよ」

「何の用だと訊いている」

 言いたいことは聞かなくてもよく解っている。穏健派を名乗る時に、だいたいの部下は俺の意思の前に俺を信じに付いてきてくれると言ってくれたが、俺の事を理解できずに離れた部下も少なからずいた。
 今回の会合の結果を受け入れることができないのだろう。そのくらいは、俺にも解る。

「いや、俺達の話も聞いて欲しいんだよな」

 周囲に視線を流すと……多分、今は八人。俺を囲うように。
 まあ、この程度であれば……何とでもなるだろう。

 この場合は怯えたふりを装い油断させておくのも一つの手だが、この程度の奴等にそんな事もするまでもなく、俺の方が強い。



「仕方ない。お前達の話も聞いてやろう」

 本当はそんな時間などないのだが。カウンセリングなどは得意ではないのだが。そもそも人の話を聞いてやるほどの心のゆとりもない。


「こっちだ」


 馴れ馴れしく肩を引き寄せられたのが、とても不快だったが、わざわざ人混みに逃げてしまった。衆人環視の今、ここで暴れるわけにもいかない。
 なにより、鬱陶しい真選組の巡回経路だ。騒動になり、困るのは俺だとて相手と同じだ。こんな奴らは捕まってしまえと思うが。しかも真選組に顔を知られている分、標的は俺になるだろう。二方向を敵に回すのはさすがに骨が折れそうだ。

「ここでは駄目か?」
 まあ、駄目だろうけど、一応訊いてみる。

「落ち着いて話す場所の方が良いだろ? あんたも」
「落ち着ける店を知ってるが」

 河原の屋台の蕎麦屋などが俺には居心地が良いが、こいつらの表情や視線は一緒に蕎麦を食いながらする話をしたがっているわけでもなさそうだ。俺も、せっかく食うのならばこんな奴等ではなく、飯が旨くなるような相手と食いたい。

「……こっちだ」

 ……どこに連れて行く気だろうか……。

 もともと過激派の連中は、芯の志を持つ者より、明確な目的もなく血気盛んな暴れたい馬鹿共も多く居る。あの頭目は部下には恵まれていないのか、見る目がないのかは解らないが、俺であればこう言った輩は門前払いをするところだ。そもそも攘夷志士を過激派や穏健派などの区分け以前に、真にこの国を考えているかそうでないかという部分で分けるべきではないだろうか。

 つまり、こいつらもその一部だろう。
 やはりこいつらの頭目に組織の長として、自分の部下の管理を強化する体制を確立するように伝えなくてはならない。


 馴れ馴れしく、肩を抱かれ、人気の無い方に連れていかれる。腕の重みが鬱陶しい。

 隙を見て逃げ出さなければ……俺としても、まずいかもしれない。


 裏路地に入る。こっちはあまり宜しくない場所だ。人気がない。人を見たら泥棒か人斬りか浪士だと思え、という程には治安が良くない場所だ。堅気の人間が一人で歩けないような場所。間違っても女子供が来るような場所ではない。店はあるが、あまり公に出来ないようなモノを扱っている事は知っている。
 あまり宜しくないから、俺も一軒、家を確保してあるが……好みではないので、あまり使っていない。


 人の気配はだいぶなくなってきているが……いつの間にか、男が増えて、目算で十人以上になっている。

 過激派の中でも、それなりに大きな組織だったから……俺の志と頭目の決定に納得出来ない奴が集まったとしたら……。もしこのままこいつらのアジトまで連れていかれたら……不味いことになるな。



 幸い、人気のない場所だ……。



 頃合い、か。





 俺は、俺の肩を掴んでいた男のその手を掴んで。


 投げ飛ばした。










20120905