「ちっ!」
斬り裂いた肉が弾けて、溢れた体液を頭から被って、右目に入った。
痛え……何だよ、これ。滅茶苦茶沁みる。痛い、痛くて目が開かねえっ! こんな時に!
焼け付くような痛みに、目を抑える。
キィンと硬質な音が響く。近くで刀が弾かれる音がした。
痛がってる場合じゃねえ事くらい解ってる。
ここはどこだ? 戦場だろ? 気を抜いたら一瞬で死ねる。
なんとか片目瞑って敵を見据えるが、乗り切れるような状態じゃないほどの混戦。敵と味方の区別すら危うい激戦区に居る。
だから……
右からの攻撃に反応出来なかった。
かわすのが、少しだけ遅れた。
見えなかった。
刃が腹にめり込んだのが理解できなかった。
「……ぐっ!」
腹に、熱い……痛みが走る。熱くて、これが痛みだってようやく解った。
深くねえが……血が溢れる。服がじわりと温くなった。
痛みに、膝を着いた……
まずい……、やべえ。
「銀時っ!」
膝を着いた俺に目掛けて降り下ろされた斧を俺は見ていた。
これが一瞬のうちに俺の脳みそまでを潰すんだろうことは解ったけど、やけにゆっくりとしていて、時間が、一秒が、止まりそうなほど緩慢な世界を俺は見ていた。
俺の命を奪うだろう斧の、刃……
それは、ヅラの剣に阻まれた。
間一髪、俺はまた生き延びた。
「銀時っ! 何をやっている」
「悪ぃ」
「しばらく後退していろ。今回は高杉も居るから、大丈夫だ」
「……ああ」
足手まといだ。
そう、ヅラが言いたいの解った。
でっかい戦だ。戦力分散させてる場合じゃないくらいでかい戦。作戦もなんもなく、とにかく全員でぶつかる。総攻撃だ。
だから、この戦はみんな居る。
高杉も坂本も居る。
今の時点では、勝てるはずだ。士気も高いし、居なくなった奴等を確認できねえ。余裕が無いからだが、でも優勢だった。敵戦力も粗方は削げた。
ヅラが、俺を背後に庇いながら、剣を振るう。長く艶めいた髪が宙に舞っていた。肩口で結んでたはずなのに……。
一房が短い事が確認できた。一か所だけ、肩より下のあたりで、変に短くなってた。
なんで、お前は斬られてんだよ!
お前はそこしか自慢できねえだろ。
俺が居んのに斬られてんじゃねえよ!
俺が、斬られたのは俺の油断。
でも、お前を守れない俺は……
腹から、血が溢れる。
全力で動く心臓のせいで、鼓動がモロに傷に響いた。心臓と同じ速度で俺の血は溢れ、鼓動一つ一つが俺の身体から熱を奪っていく。
片目が開かねえ……
傷が、痛い。
それ、どんな言い訳なんだ? 高杉だって、片目無くしてから、もうだいぶ経つ……のに、俺が戦わねえって、何だそりゃ?
腹に穴が開いたって、まだ俺は剣を握ってる。まだ剣は落としてない。
まだ大丈夫、戦える。
ヅラの背後に居た敵を、退ける……退けたいのに、力が、入らねえ。
結局、ヅラが気付いて、横からその敵を討った。
「銀時、良いから! お前は後退しろ」
「……うっせえ」
俺の我儘だって、解る。
俺が居て、俺のこと気付かって、お前が満足に戦えないって、そんなこと解る。怪我した俺の使い道何てなくて、今の役どころは役に立たないただの荷物だ。
それでも、俺がお前の事守りたいんだよ。
俺達はそうやって意義を見いだして、俺達の繋がりって何よりもそれだろ?
お前にとっての価値失わせるつもりかよ。
俺がやんだ。
お前を守るのは、俺じゃなきゃ嫌だ。
高杉が居るって、それが嫌だ。高杉も坂本も戦力には不足はねえ。俺達が共に戦う事で何倍も増強できる。
でも俺の場所を譲りたくねえんだ。誰にも譲りたくねえの。俺じゃなきゃ嫌なんだって。
お前に、感謝されたいの。お前に、俺が居て良かったって思われたいんだ。
我儘だ。
知ってる。
こんな所で退けるかって!
「銀時っ!」
「るせえ!」
うるせえよ。
邪魔すんなよ。
俺が、お前の事守るんだ。その、邪魔すんな。
それでも、どんなに強がったって、見えない右からの攻撃に反応が鈍くなる。見えない……視界が効かないのは本当にきつい。痛みぐらいなら堪えられんのに……見えねえ。
自分が意固地になってるんだって解る。そんなことくらい理解してる。
でも、譲れねえ。
お前にとっての俺の位置、退くわけにはいかねえ。
痛みに頭が朦朧としてきた。
世界が揺れる。片目での視界が、ぶれる。
ヅラも、俺の事ばっか気にして、存分に戦えねえの、知ってんのに。ヅラなら、もっと動けるの解るけど……。
こんな怪我……すぐに死ぬわけじゃない。俺が一体を殺したら、一人助かるかもしんない。その可能性があんだ。
なら、俺が全部殺してやる。
両手で剣を握り直す。
目を擦っても、一向に痛みは引かない。何とか開いても、世界が白濁していた。
「銀時、頼む。退いてくれ。お前を失うわけには行かないんだ」
お前が?
それとも戦力として?
「俺達は大丈夫だから、今は退くんだ、銀時」
俺が退かないから、ヅラが俺を庇うなんて………情けねえ。
ヅラは強いから、俺が守ってやらなくても強いから……知ってるけど、でも
俺がお前を守りたいのに……何守られてんの?
俺は、何やってんだ……! 痛いくらいで、見えないくらいで。
腹の傷庇いながら戦えるほど、戦局は甘くねえんだ。俺の冷静な部分は、ちゃんと今の状況が見えてる。なんとか両足で立ってる俺が今、どんだけ使えないのかなんて、自覚してる。使えない、だけじゃない。重荷になってる。
それでも……一体でも多く……。
お前の背中を守るから。
俺の背に、ヅラの背が当たった。
こんな混戦してる戦場でも、ヅラの気配だけは間違えたことない。
「銀時……後で話がある」
「…………」
「二人きりで話したい……今夜、空けておけ」
こっちは大丈夫だから戻れって、言われた。
「……解った」
今、俺が無理して戦って、傷が拡大したら、内蔵こぼれちまうだろう。夜に話があるから……その時俺は意識がある状態じゃねえと駄目だってこと。無理して戦って、もし死なないとしても、戦いが終わったらしばらく動けなくなりそうだ。
だから、退けって。
そんで、話があるってさ。
話すために俺のところに戻って来てくれるってさ。
それまで、死なないって。
俺が居なくても、死なないって。
今、その約束してくれたって事だよな?
お前、今までどんな些細な約束だって破った事ないから。
ガキの頃から、どんな些細な約束だって守っていた。約束した本人が忘れててもヅラは約束したら絶対覚えてた。
どんなに重圧背負うことになっても、一度言ったことに対しては、縮小も歪曲もさせることなく、責任を持って貫く。
約束、をしたな、今。
俺と。
「……ああ。後で」
「ああ、待っていてくれ」
ヅラが走り出す。
ヅラが開いた退路を、俺が駆け抜けて、後退する。
大丈夫だ。
高杉も居る。
坂本も居る。
戦力は十分にある。
ヅラは強いから、負けるはずなんかねえ。今までだって大丈夫だったんだ。
俺は、腹を抱えながら走る。
俺は宿営地まで何とか戻って……ぶっ倒れた。
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20120408
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