その事は銀時には、何も伝えていない。
俺の今後の動きは銀時とは何の関わりもない。再び銀時が俺と同じ道に立つと、その道の上を歩くと決めない限りは、言う必要はないし、言う事はできない。
これは俺の領域だ。銀時が再び志を共にすると、その意を持たなければ、俺の領域に足を踏み込ませるわけにはいかない。
銀時は銀時の世界で生活をしなければならないし、俺は俺の為すべきことを為す。それは、もう重ならない。
それでもいい。
きっと、それがいい。
俺はこの江戸を、離れる。
戻って来ると、その意思はあるが、それがいつになるとは、解らない。
半年か、一年か……もしくは、それ以上か。俺にも解らない。
不確実さを曖昧に約束する優しさは、真摯とは相反する。俺は銀時には、常に誠実でありたい。だから、嘘は言えない。
離れると告げたら、いつ戻ってくるのかと訊かれるかもしれないから、困る。訊かれないかもしれない。それも寂しい。
だから、言わない。
銀時が俺との距離を憂いてしまわないだろうか。
銀時の温度が、今は涙を感じるほどに愛おしい。
再び、こうして………。
わからない。
生きて再会できるかすら。
銀時の肌を、俺の肌に残したくて、銀時を抱き締めた。
銀時の形を俺の中に刻みたいから、続きがしたい。
少しぐらい強欲になっても罰は当たるまい。
多少の感傷は仕方ないと、今日くらいは自分にも甘くなる。
律する事の出来ない感情だってあるのだ。
「ヅラのくせに、余計な知恵つけてんじゃねえよ」
銀時が本音の直球に弱い事など、昔からの付き合いだ、そのくらい知っている。真っ直ぐな気持ちをぶつけられても同じ熱量で返せなくなるのは、お前の昔からの弱点だ。
旧知の腐れ縁だ。腐らせるつもりなどないが。
機嫌を取るために、俺がそんな話をしたのだと思ってくれていればいい。
銀時の照れ隠しの行動が未だに昔のままで、可愛いと思い笑うと、銀時は俺の髪を強く引いた。
銀時が、俺の中に、入って、来る。
ゆっくりと、俺の中に銀時が溢れていくような、その圧迫感すらも心地好い。全身に、熱がゆっくりと広がる。
頭の中枢までも、熱が侵し、思考は微睡に似た蒙昧さに霧散した。
それが心地好いと、知っている。
自我すら手放せるほどの圧倒的な熱量に、ただ一刻でも俺が俺として在る為の確固たる志や狭小な矜持の外殻を瓦解させるこの行為を心地好いと思う。
だから、銀時でなくては駄目だ。俺を俺として在るべき姿からほど遠い、俺自身でも目を背けたくなるような唾棄すべきはずの俺を見せる相手は、銀時以外は選べない。
お前以外に、こうして俺を委ねる相手など、存在はしない。
視線を絡めたのが合図。
銀時はゆっくり動き始めた。
それに合わせて、俺も知らずうちに脚を銀時の体に絡め、その律動に乗る。
「……あ、っん……銀、時」
手を握られた。
絡めた指先を布団に押し付けられる。
指先ですら、お前に触れるのが好きだと思う。
だから、銀時の手を握る。
徐々に激しくなる律動に、俺の芯にある熱を掻き立てられた。
銀時の身体から汗の滴が落ちて、俺の汗と混ざる。皮膚という境界すら煩わしく、このまま熱の中で銀時と融解してしまえばいいと唯願う。
この熱は、何物にも変えがたい。
代替など有り得ない。
あるはずがない。
この世で銀時はお前一人なのだから。
「ヅラ、気持ちいい?」
「……ヅラ、じゃないっ……あ」
「……小太郎……なあ?」
耳元で名を呼ばれただけなのに、体温が一段上がったような気がした。血液が茹だるような気がする。このまま体温が上がり続けたら、沸騰してしまう。銀時がその熱を俺に与え続けている。
「っ……銀時……も」
「ん……俺も、限界っ」
中で一段と堅さを増した銀時が、俺の身体の中で……
弾けた。
中で、脈を打つ銀時を感じる。
「……小太郎」
吐息を混ぜ、俺の名を呼ぶ銀時が愛しい。
その名で俺を呼ぶのはどれくらいぶりだろうか。
俺をその名で呼ぶのは、こんな時だけに限られてはいたが、久しく聞いていなかった。そうだ、俺の名前だ。
二人きり、世界で呼吸しているのが俺達だけと勘違いする程に互いに求心力が発生し、繋がって求め合っていると確信できるこんな行為の最中だけではあったが、小太郎と、その名を銀時の口から聞いた事はあった。
俺の、名前だ。
郷愁を馳せると頬が緩むほどの遠い過去が、手元にあるような錯覚すら起こる。
お前と在る俺は、何も変わらない。
お前が変わらなければ、俺も変わらない。
お前が変わってしまい、俺への認識が変わった時には俺は、変わってしまうのだろうか。
そう、思うと怖い。
お前の俺への認識が……お前の一番近い場所でなくなったら、俺は変わってしまうかもしれない。お前の世界の中の俺の認識が変化することにより、俺もきっと変わってしまうのだろう。その時を考えると、怖い。
だから、ずっとそのままの銀時が在ればいい。
お前に認識される俺が変わらなければ、俺は変わらずにいられる。
ずっと、俺を……お前が変わらずに……実利も要領も無い、稚拙な願いだ。
「……あのさ」
「……うん?」
「やっぱいいや」
何かを言いかけた銀時が、口を閉ざした。
代わりに、回された腕に力を籠められた。
俺が吐き出した体液が互いの腹の間でぬるりとしたけれど……。
離れがたいと、そう思う。
このまま銀時の形が俺に刻まれればいい。
「なあ……もっかい、いい?」
「このままか?」
「このまま。……ずっと」
中に在るままの銀時が、再び熱を持つ。
その熱は、俺の熱も喚起する。
「小太郎……」
ああ……早く、帰って来なくては。
銀時が俺の熱を忘れないうちに。
「……神様なんか、もしホントに居るならさ……」
荒い呼吸と、自らの喘ぎ声で、確かに聞こえたのか、定かではないが……。
もし本当に神様など居るなら、お前と俺が対になるのは運命なのだろう。
了
20120321
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