君に会えて良かった 後












 何があった? そう、問い質したい気持ちを抑えて、俺はヅラの背中をあやすように撫でた。
 そっと、子守唄でも歌ってやりたくなるような、そのくらい、優しくヅラの薄い背中を手の平で撫でた。


「………落ち着けよ」
「……ああ」

「俺は、ここに居るから」


 俺は、ここにいるだろ?
 ちゃんとお前の一番近い場所に、お前の知ってる俺は居るだろ?

 きっと俺にも言い聞かせたい言葉だと思う。ヅラはここに居るから、大丈夫だって。





「………ああ、銀時はここに居る」

 俺の言葉を、呪文のように、自分に言い聞かせるように、口の中で呟いた言葉は、こんなに近くに居る俺の耳にちゃんと届いちまったけど……俺は優しいから聞こえないふりしてやるよ。

 ヅラの身体が震えていたのにも、気付かないふりしてやるから。忘れてほしけりゃ、忘れてやるから。


 ふう、と吐いたヅラの息が首筋に当たったのは、すごく熱かった。

 背中に回されたヅラの手が、きゅっと俺の服を握った。









「捕まって……殺されかけた」





 一瞬、俺の心臓がとまりかけた。



「志半ばで死ぬなど、死んでも死にきれない。死に物狂いで抜け出した」

「………」


「何より……二度と、お前に触れられなくなるのかと思うと、怖くなった」



「…………そっか」


 何とか絞り出した声は掠れて震えていたかもしれない。
 一瞬、目の前が暗くなって、でもヅラの事、もう一度ちゃんと力入れて抱きしめて、ここに居るってちゃんと自覚して……それでも、俺の心臓は一回止まって取り戻すかのように動いてんのか……やけに早い鼓動。
 きっとヅラには聞こえてんだろう。


 あの時……あの凄惨な戦争の真っただ中で、自分が何だかも解らなくなりそうな状況で、俺はお前の存在があって、それで生きてた。お前が居たから生きてられた。

 お前じゃなきゃ駄目だった。そうじゃなきゃ、死んでた。俺の今はきっと無かった。誰でも駄目だった。お前だから。



「だから……ただ、お前に会いたくなっただけだ」

「そっか」

「ただ、それだけだ」



 それだけ……それだけが、どんだけ大きいのか、俺も自惚れじゃなくてちゃんと解ってやってるつもりだ。お前にとっての俺が、そんだけの存在だって、ちゃんと自分でも自覚してるつもりだ。
 俺にとってのヅラと同じ位置に、ヅラにとっての俺の位置があるって知ってる。自意識過剰なんかじゃなくて、当たり前の事だから。



「だから、今こうして居られる」

 ぎゅ、と、ヅラの腕に力が込められた。
 こうして、ヅラに触る事が出来てる。





「……そっか」

 ヅラの体温が、泣きたくなるくらい嬉しかった。



「なあ銀時。俺は、お前に会えて良かった」

 これは、ちゃんと聞こえたふりしてやるよ。そんなこと知ってたけど、そんな言葉を知ってる仲じゃなかった。でも、そんな事知ってる。

「……うん」


 だって俺もだし。

 単純で明快で、でもすげえって思う。


 本当、すごいよな。
 世界中で、たくさんの人が居んのに、いろんな奴が居んのに、俺の隣はお前だったんだ。

 お前が居て、俺が居て、ずっと支えて生きてきた。お前じゃなきゃきっと駄目だったと思う。
 隣に居て俺を支えてくれて、俺も支えてやることができたその存在が、お前だったのがすげえって素直に思う。


 誰でも駄目だった。俺にはヅラじゃなきゃ、駄目だった。
 他に代わりなんてできねえ。

 だから、お前に会えて良かった。お前で良かった。ガキの頃に並んで歩いてたのも、背中合わせて戦ってた時も、こうして腕の中に閉じ込めてる時も、お前だから。





 ヅラだから、こんなに愛しい。




「ありがとな」

「……何が?」


 勝手に死にそうになってる奴の質問には答えてやる義理なんてないけど、でも、ありがと。

 ありがとうって、感謝でいっぱいだ。
 もっかい触らしてくれて、ありがと。

 今、こうやって生きててくれてさ。

 死に物狂いだろうと、何だろうと、ちゃんと無事にここに……俺ん所に戻って来てくれて、やっぱ、ありがと。


 お前、自分の事しか考えらんない奴だから、お前にとっての言い分はただ単に俺に会いたかったから来たってだけだろうけど、でもそれでいい。それがいい。それが嬉しい。







 だってどうなるか、解んねえし。
 お前が隣に居ないだなんて、俺がどうなるか解んない。



 もう、二度もお前事無くしたら、正気じゃ居られなくなっちまうよ。

 お前と離れるの、もう、嫌だって。





 だから。





「銀時。お前に出会えて、だから俺が生きて居られる」




 あんま、危ない事すんなよ。


 お前は俺のなんだから、勝手にいなくなるんじゃねえよ。




「なあ……ヅラ」

 顔を覗き込もうとしたけど、ヅラはますます腕に力を入れた。俺の肩に額押し付けるようにして、俺の身体に回した腕を開放する気はなさそうで……。

 なあ、顔、見せてよ。

 お前の顔を確認させてくれって。







「……銀時、俺は泣いてないからな」

「知ってるって」


 思わず笑いそうになって、ヅラのさらさらに流れる髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。

 俺も、そう思うよ。





 お前に会えて良かったって。














20111125
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