「なあ、一緒に暮らさねえ?」
俺がそう言うと、ヅラは刀を握り直す気配がした。
「銀時……?」
怒気を孕んだ静かな声を背中で聞いた。
いや、さ。突拍子もない発言してるって自覚はあんだけどさ……。
今はそんな場合じゃねえし。
敵、斬って、返り血浴びて、身体中汗とで泥々で、手は固まって、力入れてなくても刀が手から離れない。何体もの天人と対峙して、一瞬でも緊張解けば、即座に殺られる。
だから、ヅラの苛立ちを込めた声が、逆に笑えた。
……まずいかもしんねえな。
囲まれた……。
鱗が生えた異形の天人達が、俺達に向かって、輪を徐々に縮めてきている。多勢に無勢、分が悪い。
仲間は、やられちまったのか? まだ生きてる奴がどこかにいるのか? 俺達の他に誰かいるか、見渡せるほどの勇気はない。そういう怖いことは後でいい。今は……
背中にはヅラがいて、荒い呼吸の音だけ聞こえてる。何時間もこうやって、俺達ん中じゃ一番スタミナの少ないヅラはそろそろ限界かもしんねえ。俺だって、今直ぐにでも終わりにしたいって、挫けそうになるぐらいの疲労は溜まってる。一度でも膝を付いたら、きっと立ち上がることすらできねえ。一度でも刀を落としたら、もう拾い上げる握力もないだろう。
呼吸が、落ち着かない。酸素が身体に巡るのが追いつかない。
「俺とお前とさ、二人で一緒に暮らして、庭には花なんか植えちゃってさ。んで1日中ごろごろして暮らすんだ」
それって、楽しそうじゃない?
誰にも合わないでさ、ずっと二人でさ。世界中で自分たちだけみたいな錯覚になるぐらいずっと二人きりでいてさ。
剣も握らないで。そんなもん触んねえで、握るのは包丁ぐらいでさ。お前蕎麦好きだから、蕎麦でも打とうか。昔やったじゃん。俺意外と上手なんだよね。お前が旨いって言って食ってくれたの、覚えてんのよ。
それでさ、
「そんな余計な話ができるなら、生き延びるために、その余力を回せ」
ぴりぴりした気配がする。ヅラが、限界なんだって、わかる。
そりゃさ、俺だって口を開くのすら億劫だ。立ってる事がやっとだ。意識持ってかれないようにすんのやっとだ。俺だって限界なんだよ。
「人の話は最後まで黙って聞けよ」
だって、最期かもしんねえじゃん、今が。
俺達に次があるって保証あんの?
もう、最期だって状況何度乗り越えた? 二度とこの目でお天道様を拝めなくなるって思ったの、何度目だ? もう二度とてめえの身体を触れなくなるって、存在を感じることができなくなるって、俺達は何度そんな局面を渡ってきた? お前が、ちゃんと後ろにいるか、ずっと不安でたまんねえよ。
その度に思うんだよ。言わなかったけどさ。その度に、いつも思ってたことなんだ。今日に限ってってわけじゃねえから、気にすんな。
「一日中抱き合ってさ、何もしねえでさ、昼まで布団でごろ寝して、何にもない日がずっと続くんだよ」
疲れてんだけどさ、喋りだしたら止まらなくて。
悪いけど、聞いてろ。今いい気分なんだから。
「銀時……」
「茶をすすりながら、日向ぼっこしてさ……明日は晴れんのかなあ」
「……銀時!」
ヅラが、俺の声を遮る。
遮んじゃねえよ、オレの話邪魔すんなよ。今は俺が話てんだ。聞けよ!
楽しいことでも考えてなけりゃ、意識、持ってかれる。ワケわかんなくなったまま最期になんざしたくねえんだよ! 俺は最後まで……
「後で、聞くから! 今は黙れ!」
「人の話はちゃんと聞けよ、こら」
「今は、そんな場合じゃないだろうが!」
んなこた、見りゃ誰だってわかるさ。そんなに俺だってバカじゃねえよ。そんなこた、百も承知してんだ。誰が見たってこの状況、百パーセントお前が正しいよ。わかってるよ、わかってるから!
だから、今まで言わなかった、だけど。
「早くお前を、正面から見てえんだよ!」
早く、背中じゃなくて、正面から、お前を抱きしめたい。体温感じて、そうやってお前が生きてるの実感して、今ならそれが出来ることが泣きたいぐらい嬉しいことだって思う。
抱き合って、お前の背中に腕回して、お前の腕が背中に回るの感じて、じっとしてりゃ心臓の音とか聞こえて、お前のさらさらの髪の毛の匂い感じて、頬くっつけてさ。手ぇ繋いで、身体で、皮膚の全部でお前にくっつきたいって。
一つになりゃいいのに、って思いながら、抱きしめあってさ。
早く、そうしたいんだよ。
こんな事、やってられっかよ!
死なないために殺して、骨を砕いて、肉に刃を埋める感触に慣れきった。毎日誰かが死んでいく。昨日死んだのは、一昨日隣で酒を飲んでた奴だ。明日は俺が死ぬかもしんねえ、明日はお前がいなくなるかもしんねえ。誰が死んだか、もう名前も出てこない奴も、顔も思い出せない友人も……
俺がそうならないって、誰が保証してくれんの? 神様とか?
せめて、お前ぐらいは、約束してくれよ。
明日は晴れるってさ。
そう言ってくれるだけでいいんだ。
頼むから
「………ああ。そうだな、銀時。明日はきっと晴天だ」
なあ。
「早く、帰ろうぜ」
背中に、いるヅラが、少しだけ含み笑いをした気配がした。
とん、って肩がぶつかった。
それが、合図。
俺達は、刀を握る手に力を入れて、異形の敵に向かって駆け出して……………
明日は晴れんだろ?
べた甘な銀ヅラを目指しました。
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