君の隣で一緒に歩きたい 後 



 





「銀時!」




 ………!!






「銀時! ………銀時……ようやく起きたか」


「…………あ」



 ……ここ。


 どこだっけ……て程まで寝惚けてねえけど。ああ、そっか。腹の穴は、もう塞がってる。




 俺がまだ現実に居なかったから、ヅラが大仰な溜息をわざとらしく吐きやがった。


「昼寝でうなされるなど、何か疚しい事情でもあるからだろう。聞いてやるから話せ」
「………間に合ってます」


 ………えっと。


「あれ?」
「大丈夫か? だいぶ、うなされていたぞ」




 西の空は、もう陽が沈んで、だいぶ肌寒くなってきてた。



 うとうとしかけた時は夕暮れに差し掛かる頃で、だから小一時間ほど、こんな所で寝こけてたってことだ。気分悪い寝汗かいちまった。せっかくさっきまで気持ち良かったのに。帰って風呂入りたいけど、忘れるとこだった、仕事。
 仕事仕事。情報屋さんのオジサン探してんだ。



「銀時も起きたことだし、帰るか」
「そだな」

 俺は帰れねえけど。仕事だって。

 ヅラが立ち上がって、服についた枯れ草や土を払っていた。

 俺が手を差し出すと、ヅラは軽く溜め息を吐いて、俺に手を差し出した。さっきまで、さ。この手、俺と繋いでた。
 ガキの頃なんかは、何も気にしないで握ってた手。どこかに行く時とか、何も気にしなかった。意外に体温高くて。

 その手を取ると、少し冷たかった。寒くなったし。俺が寝てたから、ヅラは動かなかったのかもしんない。






 繋いだ手に体重をかける。こんな事じゃないと、まともに手すら握れねえ。




「………つっ」


 体重をかけたら、ヅラが少し顔をしかめた。





 一瞬だったけど………。別に強く引っ張ったわけじゃねえ。




 その直後に、血の匂い。




 ああ……まずった。
 気付いちまった。



「……お前?」
 …………怪我。







「いや」

 またすぐにいつもの、冷静沈着、驚いた事など御座いませんて、澄ました顔をしてた。顔をしかめたの、一瞬だけだった。俺が見逃してりゃ、それで終わったんだけど、気付いちまった。
 ヅラの目を見たけど、逸らしもしやがらねえ。


 血の匂いは、間違えるはずない。
 俺が掴んだヅラの右腕、怪我してんのは事実だってわかるし、それに俺がわかってるって事もヅラは理解してんだろう。

 でも、目は逸らされなかった。ヅラは真っ直ぐ、後ろめたいことも隠し事も一切ねえって、潔癖なまでに真っ直ぐな視線で、俺のこと見てた。


 ……ああ。はい、そうゆう事。

 俺はヅラの手に極力体重をかけないように立ち上がる。



 そうですか。わかりましたよ。
 無視してろって事ね。

 お前のオシゴトのアレヤコレヤで、その傷なわけですね。それで、俺には関係ないから、無理矢理訊こうとしたって言わないって、その意味ですか。隠し事に正当性持たせやがった。

 俺がお前の隣で肩並べて歩けるようになったら、お前と同じように攘夷活動一緒に致しますって承諾したら話してくれんだろうけど。

 そうしねえ事は、どうせお前が一番良くわかってんだろ?





 立ち上がる。


 風に、少しだけ、血の匂いが混ざる。
 さっき、寝入り端にかいだ匂いは、きっとこれだ。だから、あんな嫌な夢見ちまった。

 さっき、俺が日影になるような場所に座ったの、そっちが風下だったから? わざと?
 傷が開いたんだろう。悪かったな。でも、その事に触れちゃ、駄目なんだろ? 謝る事も駄目ってことだろ? 気付かないフリしろって? 助けちゃ駄目なんだ?




 ……あんま、無茶苦茶すんなよ。
 もう、俺はお前の後ろに居ないんだから。








「なあ、少し歩かねえ?」

 お前の隣で、一緒に歩きたいんだ。
 少しでいいから。



「ああ。どうせ方向は同じだ」
 俺は帰るんじゃないんだけど。これからお仕事ですって。ヅラだってさ、最近引っ越したアジトはそっちでしたっけ? 向こうだったんじゃねえ?



 並んで、歩いて。
 涼しい風で、嫌な汗が引いてた。寒いくらいだ。
 ゆっくり、歩く。俺も歩くの遅いほうじゃねえし、ヅラだってその服で歩くの速いし。それでも、別に急いでるわけじゃねえから。だから、ゆっくり。いつもの歩幅の半分ぐらいで。




「なあ俺、どんな夢見てた?」
 並んで、歩いて。

 一瞬の、間の後、ヅラが溜め息を吐いた。

「貴様の夢など知るか。大方家賃の催促に怯えてたんだろ」
 ああ、そりゃ怖い。


「俺、寝言でなんか言ってた?」










「…………何も」





 一瞬の間。
  それでも、俺は別に何も寝言は言わなかったんだってさ。

 そう言えば、結局俺は石をこいつより遠くまで飛ばせたんだっけ。

「そう言えば、石を遠くまで投げる競争は、俺の方が勝ったのだったな」
「え? 俺負けたんだっけ?」



 ………気付かないで、くれよ。

 俺が、あんな夢見てたこと。
 俺は、どんな夢見てたかだなんて忘れちまったんだから、お前だって、俺が夢見てた内容に気付かないでいてくれよ。気付いても、せめて気付かないフリしててくれるよな。


 隣に並んで歩いてんのに。


 道が、違う。


 変な夢見てたから、感傷的な気分なんだ、今。
 優しくすんじゃねえよ、絶対。


 隣で歩いてんのに。肩並べてんのに。

 違う、道歩いててさ。






 でも、俺達は、見えてる真っ直ぐ前は、同じだろ?
 同じもん見てるんだろ、俺達、昔からさ。

 上見ると、もう星が出てた。西の空は日が沈んじまったけど、まだ赤くて、紫色のグラデーション。

「あ、前見てみろ」


「ん?」


「一番星だ」




















081227
また起きて→又男来て   又男、誰だ!


7400