君の隣で一緒に歩きたい 中 



 





 血の臭い。









 空が赤く染まる。血液を空気中に溶解させたように、世界を赤く赤く……夕陽が降る。
 むせ返るような、濃い血の匂いに、内臓がむかむかする。呼吸と共に体内に侵入する血液の臭気は、身体の中を内側から腐敗させていくような錯覚をさせる。吐き出すために、息してるんだ?



 じりじりとした焦燥感だけが募る。あとどれくらい? どれくらい倒せば帰れる? 何回剣を振れば終わる? いつ終わる? いつ帰れる?


 人間外の異形が、武器を振りかざして突っ込んでくる。ぎりぎりで左手にかわして、右手に持った刀を一閃させる。血飛沫が服にかかった。飛沫した体液は、赤くなかった。異形だ。ヒトじゃない。恨みはねえが、俺の信念を遮られるわけにはいかない。


 だから、まだまだ、だ。まだ倒れるわけには行かない。

 呼吸はもう整わない。
 全身が鼓動してる。心臓が全力で血液を動かしてる。追い付かねえ。


 あとどれくらい殺せばいい? 目算する。
 頭に傷を負ったようだ。血が目に入って霞む。邪魔だ。痛みは麻痺して感じない。手と刀が一体化してる、剣先にまで、心臓が血を流してる。




 前を、前だけ見て。
 敵を睨み付ける。





 とん、と肩が触れた。

 一瞬だけ、強張ったが、馴染んだ気配にすぐに安堵する。

「ヅラ!」



 ああ、ヅラか。どこにいたんだよ。ちゃんと俺の背中にいろよ、ちゃんと俺の事守っててくれよ、俺が死んだらお前を守れなくなっちまう。
 探してた。そんな余裕ねえけど、俺のそば離れんじゃねえよ。




「まだ、大丈夫だ」


 まずい、な。


 仲間の姿が、あまり見えない。逃げたんならいいけど。足元なんか、見てられねえ。
 さっき、足元にあった死体が……誰だったかなんて、そんなの見てられねえから。



「そろそろ、きついんじゃねえの?」
「それは貴様もだろう?」

 軽く笑みも混じってたけど、駆る愚痴叩ける余裕なんか俺達には全然ない事ぐらいわかってる。立ってるのが不思議なぐらいだ。重力に逆らえて、二本の足で立ってる。一瞬でも気を抜いたら、その場で崩れる。体力なんてもう残ってない。




 背中。背中に、一番安心する気配がする。大丈夫、俺はまだ大丈夫。肩が触れてる。
 背中に、まだヅラがいる。だから大丈夫。
 お前が生きてるから、まだ。


 俺の命綱。
 お前が死んだら、きっと俺も死ぬ。俺が死んだら誰がお前を守るんだ? だからしっかり俺の事守っててくれよ。


 まだ大丈夫。俺はまだ負けない。




 背中の存在が………その心強さが、苦しかった。










 だってさ、いつからお前の場所、そこになったの?


 何でお前の場所、そこなんだろうな。一番、その場所が似合ってた、誰よりも、俺の背中にヅラが居て、コイツの背中護れるの俺しかいなかった。


 だから。お前の場所、いつから俺の背中になったんだけ? 自分で選んでそうなった。俺もお前の背中にいることを是とした。









 並んでさ、手ぇ繋いで。

 ずっと、お前、隣に居なかったけ?


 隣に居て、喧嘩したり、どうだっていいこと話したり、隣に居て、ただ歩いてたり……お前の位置、いつからそこになったの? なんで後ろにいるの? 見えないじゃん。お前の顔見えないじゃん。


 わかってるけど。



 俺達が選んだ道だ。前しか見えねえ。前しか見ない。だから、俺の場所もお前の位置も、一番似合ってる。他の奴に代わりなんかできねえ。させる気もない。









 ガキの頃。
 背も、剣の腕も同じぐらいで、ずっと隣にいた。一緒に並んで歩いてきた。



 わかってるけど。そんなこと、俺が一番良くわかってっけど。





「……なあ、ヅラ」

「何だ?」

 声が、鋭く短かった。ヅラの呼吸が上がってんのが解る。喋んのも辛そうだったけどさ。


「帰ったらさ、川に行こうぜ」

 よく、一緒に遊んだよな。夏なんか川に入って泳いだりさ、石投げて、水面に弾ませて、その数競争したり、釣りとか……一緒に、隣で。



「………」
「石投げてさ、どっちが飛ぶか、比べるんだ」
「…………銀時」
「俺、まだそれは、お前に勝てて、ねえし」
「銀時」


 こんな時に何暢気なこと言ってるんだって、この潔癖なまでに融通の効かない石頭に怒鳴られるか無視されるか。間違っても同意なんか得るつもりなんかなかった。でも言いたかった。

 あの頃、川原をよく並んで歩いた。二人きりだった時もあるし、他にも、高杉も一緒だったりもしたけど。他の奴も一緒に居て。でも一番長い時間すごした。今もここに居る。
 肩並べて。
 同じ高さで、横を見ればお前がいた。
 並んで歩いてたのに。


 前を見てて、見てる方向はまっすぐ前で、同じなのに。


 今は、後ろにいる。それが、嫌なわけじゃないけど。それでも、並んで歩くことも無くなった。後ろにいる。

 何となく、感傷を吐き出したら、そんな台詞になっただけだ。わかってるって。








「俺は、笹の葉で作った船を流す競争でも、お前に負けたことはない」




 帰って来たのは意外な反応。

 ああ。やっぱお前も限界か。




「………そだっけ」
「ああ。俺が一番下流まで流れた」


 記憶力良いのは、昔からお前の方が上だったな。勉強でもさ、剣術でもさ、そういやあ、俺あんまりお前に勝ててねえじゃない。





「帰ったら、さ」

「ああ。帰ったら……」






 走り出す。俺達の背が離れる。
 斬って。振りおろして。殺して。





 いつまで続くんだろうな。早く帰りてえ。

 帰ったら、川に行って石投げるんだ。今なら、もう負けるつもりねえよ。圧勝だって。お前の悔しがる顔見たいんだ。今度こそその高い鼻へし折ってやるから。




 懐かしい道歩いてさ。ガキの頃よく遊んだ道歩いてさ。手ぇ繋いで。
 後ろじゃなくて、隣にお前を感じたい。今まで見たいに、隣に居て、それで前見て。

 帰りがけ、よく星見て帰ったけ。徐々に暗くなる空に、星を数えて、帰ったよな。隣に居て。一番星、先に見つけた方が勝ちだったけ? でも結局、並んで歩いてると、同じ方向見てんだよな。










「銀時っ!」








 ヅラの声に、意識が戻る。


 白刃が、目の前に迫った。






 反応速度が遅れた。いつもならこんなの……。

「ッ!」

 的の刃の切っ先が、俺の脇腹を掠める。




 服が見る間に赤く染まる。敵の血液や、泥とか汗とか。どろどろに汚れてた服が、赤くなる。痛みよりも熱が。痛い、熱い。




 傷口を手で押さえると、どろりとした温度が…………まずい。

 熱くて、焼けそうなほど熱くて……まずい。






「銀時! 銀時!」





 ヅラが叫んでる。のが聞こえた。





 馬鹿っ! お前、馬鹿っ!!

 こっち見てる暇ねえだろ!

 てめえだって、ちゃんと周囲確認してろ気ぃ抜くな!

 こんな状況で、俺の心配何かしてんじゃねえよ!

 危ねえから近寄んな!

 こっち来んな! 






「銀時、銀時っ!」



「…ばっ……!」


 馬鹿野郎、後ろっ!

 ヅラの背後に白刃が迫る。大きな鎌状の武器を振りかざした天人が、ヅラの背後から。









 危ねえ! 伝えたいのに声が出ねえ、避けろ、こっち来んな! 後ろ見ろ、頼むから、後ろ! 俺の心配してる場合じゃねえ。お願いだから、来るな、逃げろ、逃げろ! 逃げろ!!!







 天人が振り下ろす、でっかい武器が、夕陽を反射する。





 後ろ!






 やけに、スローモーションで。


 ヅラに振り下ろされる……鎌を、見てた。




「銀時っ!」




 振り下ろされる………
















「ヅラァッ!」










「銀時!」
















081225
誤字
背後→は以後