「何をしているんだ、銀時」
芝生の生えた河原で寝そべって、心地いい陽射しと風を浴びて、うとうととした半覚醒の意識で雲の流れを観察中に、長い髪をさらりと鳴らすように揺らして、俺と観察対象に障害物出現。
「見てわかんねえ?」
「昼寝か?」
「仕事だって」
俺の顔に影を落とした障害物は、怪訝そうな顔で俺の頭から30センチ離れた場所に座った。
あー、そっち側、座るの? 日影になっちまうから、座るんなら逆に座れよ。って、言おうと思ったけど、別にいいか。
「何?」
何の用ですか? 最近忙しいとか言ってなかったけ? 忙しいからしばらく会えないとか言ってなかったけ? んで、ご無沙汰してましたよね? 一ヶ月ぐらい姿くらましてましたよね? どこ行ってたのとか訊いてやんねえけど、一体何の用ですか?
「いや、俺も仕事だ」
「お前の仕事って破壊活動じゃなかったっけ」
「それはもうやめた」
「それじゃ、今の仕事って、フリーター?」
「いや、奇跡の人とでも呼んでもらおう」
くすくすと、涼しげな声で笑いやがって。ったく、何、言ってんだか。奇跡の馬鹿。
暇だから隣に居たいとか、たまには素直に言えよ。
本当に暇なのかどうかわかんねえけど。
表立ったテロ行為をしなくなったコイツは、色々裏で画策することが多くなったから、暇人に見えていて、意外に分刻みで動いてたりするみてえだけど。だから本当にお仕事中なのかもしれないけどね。
時々は俺に媚売ったって罰当たんないんじゃない? 甘えてくれりゃ、優しくしますよ? とか、言う事もしませんが。
俺も不定期にこの辺に出現する情報屋さんに会うために待ってるわけだから、本当は仕事中なんだけどね。
まあ、どうせあのオッサン昼間から動く事無いけど。でも一応、待ってるから、仕事中。オッサン出現予定の夕方まで、あと1時間以上あるから、それまでは暇なんだけど。
おまえは?
さらさらと風が流れる。
隣でヅラが顔にかかる髪を慣れた仕草で後ろに払っていた。昔から、柔らかくて軽く、よく舞う。こんな髪の俺に自慢するつもりか、一本も枝毛なんかなくて、触ると水みたいに手から零れた。
最近……ここ何年も、触って、ねえけど。見た目、変わらねえ。いい加減ストレスで枝毛とか増えてりゃ、ざまあみろなんだけど。
風が、ちょっと強い。ヅラが鬱陶しそうに髪の毛を背に流してた。こっち向きに風が吹いてくれりゃ、ヅラの髪がこっちに来て、触れたんだろうけど、俺のが風上だから、仕方ねえ。わざわざ手を伸ばすほどでもないし。
なんか、久しぶりだ。
何もしてなくて……無駄な時間が、とても有意義に感じた。いや、一応仕事中だけどさ。でも、1時間もありゃ他になんかやることぐらい探せますって。こう見えてもちゃんとお仕事してますから。
別に、ヅラと、話すこともないし。
今、話してなくても、気分いい。心地好い沈黙は、ヅラも感じてるようで、別にいつもウザいくらいに一直線の事にも触れない。今、あんまり喋んないでくれない?
枕にしてた腕を伸ばすとヅラにぶつかる。そんな距離にある。
こんなに近い場所にある。
誰にも言わねえし、本人に言うのはありえねえし、一生言うつもりもないけど。
魂がもともと半分で、完成させるために他人を好きになるシステムが人間に備わってんなら、俺の魂完成させるのはお前だって。ずっと、そんな事思ってた。
無くなった。
馬鹿みたいに、惚れてた。ずっとお前が俺の半分だって思ってた。無くなることを考えたことなんかなかった。俺が半分無くなった。
もう無くなったと、思った。もう一生、こいつと会うことないって思ってた。そうやって別れた。
それでも生きてる自分が不思議でしかたなかった。
魂半分でも、生きていけんだって。魂半分って、身体が半分ないのと同じだって思ってたけど、勝手に朝は来て夜になって、腹が減って眠くなるけど寝たらまた起きて。
それが不思議だった、ずっと。
でも……今。
隣に座ってて。
不思議な気分。あの頃や、あの頃の気持ちに戻れるとも、戻そうとも思わないけど。俺の選択もヅラの選択も正しかった。だから。
もう、違うもんになっちまった、俺の半分だったモノ。そこにいんのに。手、伸ばせば触れんのに。
もう、魂の形、合わないんだろうな……それだって。
今なら、ちょっとぐらい触ってていい? 別にお前の邪魔なんかしねえから。
伸ばした腕は………手は。
繋がれた。
人差し指が中指に絡んでる。強く握るわけじゃないけど、指先で触れてるだけだけど。そんな手の繋ぎ方だけど。
今の俺達には、精一杯。
あ、なんか…………
昔も、こんな事してた。
急に沸いた視既感に思わず目蓋を閉じる。
まだ、お互い気持ちが通じる前だけど。ガキの頃、俺が外で寝てるとたまにヅラが来て、大の字になると、時々伸ばした手を握ってくれた。予想外に温かい手に、返事すんの面倒で寝たフリしてた俺だけど、いつの間にか寝てたことがあった。何度か。
何度か、お前、俺の手、繋いでくれた。
その手、まだお互い汚れてない時から……。
気持ち、いいな。
声に出さないけど、声で風の音の邪魔したくなかったから言わないけど、お前が何考えて何感じてんのか、それが俺と一緒ならそれでいい。今、心地良いって。
隣にいる。手ぇ握られてんのに、空気みたいで、一番邪魔にならない。ずっと俺の隣にあった。服着るぐらいの当然さで、いつも俺の一番近い場所にあった。
だから、今、そうやって感じることが、逆に不自然なんだけど。
違和感。
ああ、だから、胸が、詰まるのか。
相変わらず、体温、高いな。見た目、冷たそうなのに。
手が、暖かくて。
ぼんやりと雲の観察を続ける。
こいつも、おんなじ雲見てる、きっと。視線だけ動かしてヅラの事見たけど、ヅラは俺のこと見てなかった。
上見てたから、きっとあの雲見てんだ。
徐々に陽が暮れてくる。段々空が赤くなってくる。
血の色に似てるなんて考えたこともあった。
棚引いた雲が赤く染まる。綿に染み込ませたように、赤に染まってるのが、血みたいに見えて、夕方が嫌いだった。
血の色。
血の色と。
血の臭い……
→
081224
|