意趣返し










「銀時。俺は、お前に惚れている」
 そう言った時の反応が気になったから、言ってみた。
 予想通り、銀時は豆が鳩鉄砲食らったような表情を見せていた。

「なっ……」
 狼狽える銀時は普段の滑舌を失い、口をぱくはくと開き、例えて言うならば、陸に上がった魚のように呼吸の仕方すら忘れてしまったかのように見えた。
 視線はあまり合わせないように、相手の目ではなく相手を含めた全体を把握するようにぼんやりと見るはずの目は、今はまっすぐに俺の顔に向けられて、大きく開かれていた。

 銀時のその表情はとても滑稽だった。
 俺は、その慌てている顔が見たかった。


「冗談だ」

 銀時のその表情が見たかっただけだ。それ以上ではない。それ以外に理由なんてあるはずがない。

「………」

 そう、これは冗談だ。
 そんな事を、俺が言うはずがない。銀時にその言葉を言うはずがない。
 言ったところでどうしようもない。だから、俺は言わない。冗談にしかなり得ない。結局のところ俺がどう感じていようと、銀時が何を考えていようと、ただの冗談にしかなりえない。


 遅いんだ、もう。

 銀時は選んだのだろう。
 自分の進むべき道を銀時は選んでしまった。俺は銀時と一番近い場所にいるから、銀時が何を考えて何を感じて何を選んでいるのか、把握できている。
 銀時は、選択した。俺はそれを知っている。

 俺と銀時は幼い頃から常に重なっていたけれど、同じものだと錯覚しそうになっていたけれど、それでも俺達はやはり別の個体だったという事を、理解した。



 俺も、銀時も。



 銀時は数日前まで虚ろな目をしていた。

 長く続く戦乱は、身体も精神も疲弊させていた。圧倒的な武力を前に、俺達の敗北は近付いてきていると、きっと仲間の誰もが思っていただろう矢先に、幕府が飛来し侵攻してきた天人に迎合した。敵が天人ばかりでなく、俺達が守るべき存在だと認識していた人間も俺達の敵になった。
 立ちはだかる壁は俺達が守るべきはずの人の命の向こう側に行ってしまった。

 何を守り、何と戦うべきなのか、俺もよくわからなくなってしまった。


 それでも俺は前に進みたい。俺が生きるためには前に進む必要がある。立ち止まることなどできない。
 俺は今進んでいる道以外選べない。その道以外に、俺は自分の生きる方法を知らないし、考えも及ばない。俺は俺の目指す世界が見えている。だから、俺はそれに向かい進むことしかできない。


 銀時は、悩んで、悩み抜いて、どうやら結論を出したようだ。

 俺はそれを否定できない。
 何が正しいかは、後世が判断する事で、俺は俺を信じている。銀時も間違えていないはずだ。きっと、誰も何も間違えていない。


 応援などはしてやるつもりはない。俺の敵になるわけではないが、味方にはなり得ない生き方を選択するんだ。
 許容できるとも思えないから、俺は何も気付いていないつもりだ。気付いていない。俺は、何も知らない。いつも通りだ。


 せめて、敵として対峙しなけれないいと思う。

 もし、いつか、再び出会った時に、銀時に剣を向けられたとしたら、俺は銀時を斬れるだろうか。
 優しいこの男が間違えていると認識した俺を斬らないはずがないだろう。俺もその時は、自分のためにこの男に刃を向けるはずだ。


 間違えてなどいない。

 俺も銀時も、きっと正しい。

 ずっと、正しいものは同じものだと信じていたはずなのに。

 きっと、銀時は正しい。俺も間違えていない。
 銀時の結論は出たのだろう。数日前と比べてだいぶ迷いのない目をしている。

 銀時には逡巡する視線で人を斬ってほしくない。そうしていることで、いつか銀時はそのことを後悔するだろう。

 後悔などすれば、斬った相手からも恨まれてしまう。命同士のぶつかり合いの末の勝利だ。だからこその戦だ。
 迷いの中で敵を斬るのであれば、それはただ徒に命を奪う行為にしかならない。

 だから、俺は銀時が出した結論を否定しない。


 そして、俺は俺の道を進む。
 きっと、俺達にはそれが正しい。





「何、言ってんだよ」

「冗談だと言っただろうが」
「にしたってタチ悪い」

 当然だ。

 一番銀時が困るだろうと思える冗談を言ったんだ。

 銀時が何が一番重荷に感じているのか、俺にはよくわかっている。


 困ってくれることを、俺は期待して、そして銀時は期待通りの反応を示してくれた。
 その表情は、銀時の中に、俺が強く存在しているという証拠。



 困ればいい。もっと困ってしまえ。

 銀時が間違えたと思っているわけではない。銀時の出した結論を否定するつもりもないが。

 否定はしないが、俺達を……俺を棄てて新たな道を歩む銀時を恨まないわけでもない。

 俺を棄てるんだ。




 お前を恨まないでいられるはずがない。



 だから、これはただの意趣返しだ。

 冗談だ。タチの悪い冗談だ。せいぜい気に病めばいい。

 気に病んで、ずっと俺を、そして俺が言った冗談を忘れられないといい。





「ただの、冗談だ」





 俺は口でだけ、もう一度そう呟いて、一筋だけ、涙をこぼした。



 そうだ。
 この涙さえ、ただの冗談だ。

















20110817
2000