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「銀さん、いつまで寝てるんですか! 朝ですよー!」

 すぱーんって、新八の威勢のいい声と共に襖が開いた音。
 朝か。そっか。

 悪い、ちょっと頭ガンガンするんで、もう少し声のボリューム落としてくんないですか?

 溜め息吐いたら、吐く息さえも粘着質な気がする。呼吸するにも頭に響く、心臓が動いてるだけで頭が痛い……。
 何とか返事しようと気力を振り絞ったけど、頭痛い。錆びた釘でも打ち込まれたような痛みは、身に覚えがあります。自業自得だって、その通りだよ。

 そう。間違いなく二日酔い。

 昨日は……と、思い出すまでもなく隣で、何かが動く気配……。

 そっか……ヅラだ。
 新八の威勢のいい挨拶に、さすがにヅラも起きたらしくて、緩慢な動作ではあったが、起き上がってる気配がする……俺、動けねえ。

 ああ、昨日ヅラがいい酒が手に入ったって持ってきた日本酒が旨くて、俺もせっかくだから貰い物の焼酎を出してきて、二人で空けたのが原因だ。
 旨い酒だったし、何やらヅラも機嫌が良かったし、こっちも仕事終わって懐暖かかったし。気分良く飲みすぎて、今吐きそう。
 二人で久しぶりに楽しい酒を飲んで、そのまま二人で潰れたんだろう。今の現状から、そのくらいは解る。きっとその通り。最後の方は、あんま覚えてない。
 あんま記憶ないけど、布団で寝てるってことは布団敷く余裕はあったんだな、俺ら。布団も掛けないでもいい時期だからとりあえず酔っ払いの俺達は、敷布団だけは何とか出した、らしい。そこで雑魚寝。ということか。
 雑魚寝って言っても、ヅラが真ん中に寝てて、俺は半分以上畳で寝てるんですが。家主の布団奪ってんじゃねえよ。

 とりあえず、新八が来たって事は、そんな時間か。姉御と女子会だぜって意気込んで出てった神楽ちゃんもご帰宅ってことですかね。静かにしてもらわねえと。

 ちょっと銀さん頭痛いんで、代弁頼みますって、起き上がれたヅラに俺は全権を移譲した。
 本当にむり。頭痛い。気持ち悪い。

 ヅラの肩を叩こうとしたけど、俺の腕はヅラの頭の下敷きにされていたらしく、痺れて動かなくなってた……あーもー、踏んだり蹴ったり。左手だからいいやって思えるほど寛容な性格じゃないんで、後で……頭痛くなくなったら、文句の一つも言ってやろう……とか。






「失礼しましたァッ!」




 すぱーんって威勢のいい声と、襖が閉まる音……。頭に響いた。


 けど、何?

 俺は、何を謝られた?

 ヅラも不思議そうに俺を見た。朝起きた瞬間から高血圧気味なヅラも、流石に今日は目が虚ろだ。




 けど……。




「……お前」

 いや、相変わらずだけど。

 俺はもういい加減ツッコミ入れる気もないけど……。

 寝相悪いのもいい加減にしろよ……。




 酔っ払いが暑かったらしく、渡した寝間着がはだけてるどころの騒ぎじゃなくて、肩からずり落ちてる。
 俺が着てるのと同じ形の甚平だけど、まあ、俺も前を止める余力も無かったから、同じようなもんか……。

 同じようなもんだけど……。


 ヅラがぼんやりした目で起き上がって周囲を見回していた。





「頭痛い気がする」


 一言目がそれか。

 鉄の肝臓を誇り、酔っても気分良くいつもより説教臭くなる程度で済むヅラの割に、二日酔いはざまあみろって気分だけど、それよりも!





「新八に挨拶してこい」

 何とかそれだけ言えた。吐き出す息は黄土色に見える。すげ気持ち悪い。あと、洗面器持ってきて。



「何故だ?」

 あの思春期の青少年は、ヅラのうざったらしく長い髪の毛と、化け物並みの治癒力で歴戦の痕がほとんど見えない白い背中見て、何か変な勘違いした気がする。

 背中にはほとんど性別はないから、なんか有らぬ疑いかけられた気がする、俺。


 そりゃ色白の黒髪の綺麗な美女連れ込んでイカガワシイ事して、新八の勘違いじゃないならまだしも、見た目だけは確かに整ってる部類だろうが、これはただのヅラだ。残念な事に顔以外に女らしさの片鱗すらないヅラだ。

 ヅラの背中見て勘違いしたままじゃ、可哀想だろうが、新八も俺も!

 どっかの美人なお姉様とかなら俺も慌てて弁解しただろうけど、ヅラなのに弁解する気も起きねえ。から、二度寝。



「いいから!」


 いいから行ってこい! ヅラだって解りゃ無駄な誤解も解けるだろう。

 だから、ちょっと俺は今動けません。水持ってきて。





「銀ちゃん起きたか?」
「神楽ちゃん! 駄目だって! 今銀さんの部屋行っちゃ駄目だから!」

 いいよー、おいでー。激しく酒臭いと思うけど。
 んでなるべく喋んないで、神楽の声、特に頭に響くから。



「何が駄目アルか?」
「駄目ったら駄目なんだって! お取り込み中だったんだよ」
「だったんだったら、もう終わってるナ」
「だから駄目だって!」
「銀ちゃーん、帰ってきたヨー!」


 お願いだから、声出さないで神楽ちゃん! そして女の子なんだから歩く時はそんなに足音立てるんじゃありません。廊下で激しく揉み合う気配とか……頼むから勘弁して。


「あーもー!」


 ヅラがのそのそと着替え中。ルパ○V世みたいな瞬間脱衣は見たことないが、テロリストでお尋ね者の職業病か瞬間着衣はできるはずのヅラが、何やら今日に限ってもたもたしてるし。


 着替え終わるまでに襖の外で叫ばれたらたまったもんじゃねえ。


 から


 なんとか這いずって、襖を開けた。




 廊下に、襖に向かって手を伸ばす神楽に馬乗りになって止めてる新八。

 何でこいつら朝からこんなに元気いいの? 若さってやつ?



「あ、銀さん。オハヨウゴザイマス」


 何、その白い目。やっぱりなんか嫌な誤解してたりすんの?


「……ヅラだから」


 違うから。ただの、ヅラだから、思春期が妄想したい状況は一切ありませんでした。




「桂、さん?」

「そう。ヅラ」

「………」


 …………あれ?



 何でますます視線の温度下がっちゃうわけ?

 ……もしかして、ヅラだって信用されてないわけ?

 確かに背中見ただけじゃ、性別わかんないだろうし、ヅラは服の下に常に妙な装備仕込んでるから、服着てないとかなり細く見えるだろうけど!

 だから、ヅラだって!


 俺が白い目で見られるような事は何一つ存在してません。俺は潔白だっ!
 そんな目で見られるような疚しいことの一つや二つぐらい俺だって欲しいけど、何でそこに居んのはヅラなのに、そんな目で見られなきゃなんないわけ?




「お早う。新八君、リーダー」

 着替え終わったヅラが、畳の上で潰れている俺の上から顔を出した。上を見上げると、いつも通りに暑苦しそうに服着てる、いつも通りのヅラだ。ちょっと二日酔いのせいか顔色はあんまり良くないが、いつも通りのどこからどう見ても正真正銘のただのヅラだ。

 どうだ! これで納得だろ?

 どっからどう見たってただのヅラだろ?






「……オハヨウゴザイマス」





 …………。




 何でっ! その目なのっ!?


 いや、ヅラだよね。確認したよな? ヅラの顔忘れちゃった?
 ヅラだって解ったら、頼むからその蔑むような目はやめてっ!

 何でヅラを見てますますその目なの?





 もしかして……。



 激しく嫌な勘違いされてる気がする……。



 いや、違うから!
 断じて違うから!

 確かにヅラが半裸で俺の腕を枕にして寝てたけど、俺だってろくに寝巻き着て寝てないけど。


 俺とヅラが今更どうにかなるはずねえだろ!
 ただの腐り果ててる腐れ縁だから!




 ヅラも新八の下がりきった温度の視線を浴びて、事態が切迫していることを悟ったようだ。

 溜め息を吐いて、手で顔を半分覆った。何とかして下さい、この子の腹立たしいぐらいに勘違いした妄想。いくらなんでも、妄想の段階だって、そりゃ名誉毀損だと思う。

 ヅラは確かにガッチガチの中学生みたいな感性だけど、実際俺よりヅラの方が女好きだからね? こんな見た目だけど、ついてるもんついてるし、女ともやることやってるし、テンション上がれば猥談にも乗ってくるからね?

 幼馴染で、ヅラはガキの頃からこんな風に女みたいな顔してたけど、俺とヅラで一部の女の子が喜んじゃうようなディープな関係を疑うんじゃありません。人を見たら泥棒と思え! じゃなくて、幼馴染を見たらホモだと思えってどこの誰の格言? 勘弁してください。真実をありのままに見る素直な子に成長して下さい。


 見た目が残念なまでに女みたいなヅラは、そういう対象に見られて男に愛の告白をされた事は過去何度もあるけど、それら全部ただの笑い話だけど……さすがに対象が俺とか……笑えねえって。勘弁してください。


 ヅラは、大きく溜め息を吐いた。ああ、うん。すげえ、俺もその気持。


「新八君」
「何ですか、桂さん?」

 何、その反抗的な低い声。


「新八君が何を想像したのかは考えたくはないが、昨夜は久しぶりに銀時と酒を飲みすぎてしまっただけだ」

「そうそう」

 それ以外のイベントは、昨夜は何もこの部屋では御座いませんでした。あってたまるか。



「へえ……」

 まだ疑うか、このガキ。


「確かに俺の髪が長いせいで、かつて女のような性癖があると勘違いされた事もあるが、俺は男だから、銀時と子作りをするはずがない」

「そうそう」

 相槌打ちながら、多感な時期なんだからもうちょい生々しい表現控えてくれないかなーとか、思ったりしつつ、ともかくこの場を乗りきりたい。

「へぇ……」


 で、まだその目か?

 いい加減、銀さんも怒りますよ。だって、ヅラとだぜ?



 確かに、毎日戦争に明け暮れて、毎日死が隣り合わせで、ろくに自分で処理できるような環境でもなくて、お互いに気が昂った拍子にそんな事になっちゃった黒歴史もあるけど、お互いに若気の至りで封印してるから。




「銀時とそういう関係だったのは大昔の事で、今は俺にも銀時にもその気はない」

「そうそ……」




 ………………。




「へえ……。そうだったんですか」




 ……フォローになってねえェッ!!















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