陽のあたる場所 08 



 





 朝陽が眩しい。鋭い光が目を突き刺し脳を焼く。
 登った朝陽は大地を浄化するわけではなく、ただ輝いているだけだ。空と地上にはなんの蟠りもない。


 昨夜、奇襲をかけた。
 桂の立てた作戦は成功し、効果は絶大だったが、被害も甚大だった。
 特に俺達の先陣部隊、奇襲の要となる陽動部隊は………。

 桂の立てた作戦は、効果はある。一つのミスも許されないほど綿密に計算高く、こいつの性格そのままだったが、確かに成功した時の効果はあった。
 一つの砦が俺達によって落ちた。
 それは大きな成果で、ただし俺達以外、誰も動かなくなった。
 桂の作戦は、犠牲を厭わない代物だった。俺と桂がようやく生きていられる程度の……俺もこの作戦で、死ぬかもしれないと………。




 俺はヅラが死なない限り死なない。ヅラが死んだら俺も死ぬんだろうと思う。コイツを守りきれなかった時に俺は死ぬかもしれないと思っている。



 ああ……勝ったんだ。
 勝ったんだけど、荒廃したこの場所では……なにも感じねえ。感じたら最後だと思う。何もない。死体しかない。死体を前の日に喋ったあいつだとか思わない。死体はただの肉だ。



 お前は正しいよ。


 お前のやってることは正しいよ。

 犠牲は仕方ない。こんな場所なんだ。全員が助かる術なんかない。どんなにいい作戦を立てたとしても、犠牲は付き物だ。
 俺だって、この作戦を見て反対できなかった。俺達すら捨て駒にした作戦だったが……ここさえ終われば戦局は比較的楽になるのはわかっていた。俺は反対しなかった。この作戦を見たときに誰もが死を覚悟したけど、誰も反対はしなかった。成功した時の効果がでかかったから。一秒でも早くこんな戦場から帰りたいんだ、みんな。死んだとしても終わらせちまいたいんだ。

 ヅラは、死んでも俺が守るからコイツは死なない。コイツが生きている限り俺はコイツを守らなきゃなんねえから、俺も死ねない。
 このままじゃ、俺は世界でこいつ以外誰も知っている奴がいなくなるのだと思う。そういう世界だ、俺が志すものはその先にある、今はまだその先にある世界を信じている。






「なあ、銀時」




 ぼんやりと突っ立ったままのヅラが、口を開いた。俺の近くで痛いほど眩しい太陽を浴びていた。


 俺はようやくコイツを見た。
 邪魔になるからと言って頭の高い所で結わかれていた髪が崩れて、一部が短くなってた。



 また、斬られた。




 俺が、守りきれなかった、



 ヅラは腕を押さえて立っていた。
 ぶら下がる左指先から、赤い血液が垂れる。コイツに刀傷がついたのは初めてだった。ずっと俺が守っていたから。俺が守っていたのに……。

 守りきれなかった。






「痛くねえの?」




 コイツが斬られた瞬間を見た。
 敵の切っ先がヅラの肩口を掠めただけだったが……
 黒い髪が、また宙に切れて舞った。

 世界が赤く染まった。

 目の前が、赤く熱くなった。

 今度は、その時は思う存分に理性を吹っ飛ばした。
 そんなもんこんな場所ではもともと持ってもいない。ただ、正気じゃなくなった。我を忘れた。自我がなくなる。剣を握って降ることと心臓が動くことが同義になった。

 ヅラを傷つけた敵の腕と頭をぶった切った。
 ヅラは俺を見て、凄絶な笑顔を向けたから。
 怒りと高揚感に呑まれたまま………、何も動く物が無くなるまで剣を振るった。




「……また、髪を斬られた」

 押さえた指の間から滲む血でべとついた手で桂は自分の髪を触る。顔は、それでも笑っていた。普段からあまり笑顔の見せない奴だったが、それでも笑っていた。こいつはあんまり大丈夫じゃねえと気のほうが笑うんだ。

 既に何の体液だかわからないモノで俺の髪も固まっているだろう。せっかく自慢の銀髪なんですがもう今はなんだかわかんねえ色になってんだろう

 身体中がべとつく。間接がぎしぎしする。



「銀時の言うように、切ってしまった方が良いのだろうかな」



 ヅラは、苦笑していた。
 俺の質問には答えなかった。痛くねえの? 斬られたんだろ? 
 傷は深くないが、広く、出血がひどい。早く手当てをしてやらないと。そんな細っこい身体の中にはたいして血液詰まってねえだろ? さっさと手当てしてやらなきゃ。自分で止血の応急処置は終わっているようだったが、早く治してやらないと。
 桂は大事な戦力だ。それだけでなく俺達の部隊の頭脳部も勤める。またすぐに戦いに身を投じる必要がある。俺達にはお前が必要なんだ。

 お前が必要なんだよ。


 傷なんか、怪我なんかしてる場合じゃねえだろ。




「ようやく俺の言うこと聞く気になった?」



 昔から、コイツに髪を切れとしつこく言っている。ただでさえ女みたいな顔つきで、ガキの頃からよく間違われていた。女に間違われるたびに、激しく憤っていたのに。だったら切ればいいじゃん。今ではお前がただの慰み物になっているだけだって、わかんねえ? お前がそれでいいならいいけどさ。
 髪が短くなれば、少しは周囲もてめえが男だって理解してくれるんじゃねえの? 見た目に騙されてる奴等に付き合ってやるのがてめえの優しさだとか勘違いしてるんじゃねえの?

 ヅラを勘違いした奴と、勘違いした桂が……俺の知らない奴になって行くのを止められない。


 俺は、変わらない。
 俺はコイツに対して何も変わらない。どんなに顔が醜く潰れても、俺の背中はヅラにしか預けない。
 だからてめえも、俺以外には…………





 そう思った。
 口には出さないが、そう思っているような気がした。

 今のお前を見てらんねえよ。




「やめた。お前の言うことを聞くのは癪だ」

 きっぱりとした口調で……顔は明るかった。それでこそヅラじゃん、とか思う。
 優しさや馴れ合いはなく、軽口叩き合うくらいが居心地がいい。


「切っちまえよ、うぜえ」

「断る。俺のトレードマークだしな」

「そんなんやめちまえ」

 もういい加減うっかり坊主にでもなっちまえよ。
 俺はお前を見間違えたりしねえから。
 もう、二目と見れないくらいに、醜くなっちまえよ。
 きっとそっちの方がお前も幸せだ。俺も……お前がなんだって、変わんねえよ。







「帰ろう、銀時」











070920