陽のあたる場所 07 



 





 地図が机の上に無造作に散らばっている。いつも整理整頓を心がけているんだか、そんな心がけがなくてもこいつの身嗜みのように身の回りも正されているんだかで、部屋が荒れていることも滅多にないけど……珍しく、放置されたままの状態だった。

 なんか……コイツも大変だよな……って俺が言うことじゃねえけど。


 あんま無理すんなって言ったら、好きでやっていることだと言っていた。から、そんなもんかと思ってたけど……。一緒にいたって口出しするぐらいしかできねえし、意見の食い違いとかから疲れたくもねえし……こいつが疲れてることぐらいはさすがに俺もわかってた。こんな所で喧嘩なんざしてる場合じゃねえ。
 それに一緒にいたら、桂が男連れ込んだりできねえだろうし? 気ぃ使ってんですよ、少しは。

 実際頭脳作戦は俺よりこいつの方が似合ってるし、ここにいるほとんど脳味噌まで筋肉な奴らが三人寄ったって文殊の知恵には永遠に到達できそうもないから……任せっぱなしだった。
 明後日からの進軍経路……。明日までに補給部隊と増援が来なければまた作戦の練り直しだ。指示書や、作戦の指揮……他にも、明後日からの戦いに備えて色々……。
 まあ、今回は大丈夫そうだ。補給部隊も明日には到着すると連絡が入ったし、敵も今は増援したという情報も入っていない。

 ヅラが夜なべして作った構想を俺は逐一チェックを入れる。チェックを入れたところで、俺は口出ししない。しても駄目だ。何を優先させるかで、作戦が大幅に変わる。長期的に見れば、多少荒い作戦法が犠牲が少なく済むが、デメリットも多い。逆もまた。どっちがいいだなんてこたない。

 それに、これで何の問題もない。
 どんだけ頭捻りゃこーゆー作戦が思いつくのかわかんねえけど、こいつ摂取したカロリー頭だけで消費してんじゃねえの?


 あんまり、無理すんな?
 少しは、俺を頼れよ。













「銀時……」

「ん?」


 起きたのかと思い、慌てヅラの髪から唇を離す。
 さすがに見られたら恥ずかしい。そんなことする仲じゃない。今まで惚れた女にだってしなかった。こいつの髪の方が綺麗だったしさ。



 返事をしてやったのに、ヅラは気持ち良さそうな寝息を立てていて……。
 寝言かと思って、安心してたら。





 するりと腕が伸びてきた。

 細い指。刀を握っているから、固くマメだらけの指だし、やっぱ女とは全然違うけど、そんなことはわかっている。そんなこともうガキの頃から知ってる。


 話したことない時は、話してからも、少しの間は何で女がここにいるんだって思ってたことは未だに内緒にしているけど。言ったらヅラがどうやってキレるのは目に見えているから。怒るとコイツはすぐに手が出る。しかも痛い。高杉はしばらく騙されていたらしい。ヅラにバレた時に散々な目にあっていたが。








 ヅラの手が伸びてきて俺の首に巻き付いた。




 ………おいおい、アンタ誰かさんと俺を間違えてんじゃないの?
 俺はアンタの幼馴染みの銀時ですよー?


 どう言っていいのか思い悩んでいたら、引き寄せられた。







 …………。
 えーっと、これはどんな状態なんでしょうか。



 ヅラが俺の首にしがみついて、俺がヅラに体重かかんないように腕立て伏せしてるこの状態ってば一体なんなんでしょうか?





「……銀時」


 ヅラの声が俺を呼んだ。耳の中に声を吹き入れるように。


 背中に熱いものがかけのぼった。


 アンタいつの間にそんな技覚えたの? そりゃ女じゃなくても落ちるわ。
 最近本気でたまってるんですけど……。





「銀時………」


 もう一度、呼ばれた。



 別に誰かと間違われてるわけじゃないのね? 今俺の名前だったよね? 何だっけ、最近のコイツのお気に入り君の名前は。佐藤鈴木田中のどれかだったような気がするが………。え? 今俺の事呼んだ?




 いや、ほら、俺違うから。アナタのそーゆーお相手じゃないから。そんなに甘い声で呼ばれたってこっちどうしていいのかわかんなくなるから。

 だから、後ろの襟から手を突っ込んで素肌に触らないで下さい! 首筋とか弱いんであんまり触らないで下さいお願いします!





 理性が、吹っ飛びそうになる。


 全部、何もかんも捨てて溺れたくなる。
 黒い髪に映える白い肌とか、細い首筋とか、赤い唇とかそんなのに。






 俺のヅラへの独占欲は、俺とコイツが唯一対等であることで満たされていた。
 だからそれを崩すわけには行かない。

 崩したくない。



 酔ったコイツに呑まれたまま俺も、意思が折れる。



「銀時……」



 俺の名前を呼ぶなよ。



 てめえに必要とされてると勘違いしそうだ。




 ヅラの、冷たい指先が、俺の背を這い回る。
 だって、お前は俺を必要としているわけじゃないだろう?
 お前が俺に惚れてるだなんて勘違いしそうだ。


 触れ合う素肌に熱を感じる。


 お前は俺を置いてどっかにぶっ飛んだ。俺が知ってるお前が最近薄い。

 俺以外の他人はあっさり受け入れて、俺以外を必要としているんだろう?

 このまま、欲望のまま壊したくなる。お前がお前でなくなるならそれでもいい気がした。




 こいつを。





「………銀時?」




「………ん?」


 予想以上に甘い声が出た。


 ヅラ用の声じゃねえんだが……。

 ヅラが、動きを止めた。俺の服の中に突っ込んで背中を触ってた手の動きが止まった。



 しばらく、俺の首にしがみついたまま凍りついていた。









「ヅラ君?」

「あ、ああ、すまない」

 ようやく正気に戻りましたか、酔っ払いさんは。

 ぎこちない動きでヅラは俺の首から腕を外し、俺はようやく上腕二等筋の酷使をやめた。ヅラはのそのそと起き上がり、少しはだけた襟元をただしていたから、俺もそれに習って座り直した。



 重い沈黙に耐えかねた俺がわざとらしい咳払いをしてみたが、ヅラはうつむいたきり、こっちを見ようとしなかった。
 まあ、正気になってくれりゃいいんだけどな。ヅラに引きずられて俺まで理性が飛ぶところだった。あぶねえ。


 そんなんしたら、こいつの顔まともに見れなくなる。昔っから女扱いされんのが死ぬほどむかつくとか言ってやがったくせに。


「その、銀時?」
「あ?」
「俺は……」




 気まずいだろうね、酔いに任せてあんたは幼馴染み襲ってましたよ。とか、あんまり言いたくねえし忘れてんならそっちの方がいいんじゃねえの?

「誰かさんと間違えてたんじゃね?」

「………ああ、そうだな。悪い、飲み過ぎた」



 ……また、沈黙。


 俺はたいてい桂と何話してたんだっけな。
 今まで、こんな状況になるまでは、他愛ないことで夜通し話していた。俺達の間に笑いが耐えなかった。喧嘩することもあったけど……殴り合いになることすらあったけど。別に普通に喋ってた。



「お前のお気に入り君、名前何だっけ」
「お気に入り君とは?」
「今日横にいた奴だよ。最近仲いいみたいじゃねえか」

「ああ……大串?」


 ………いや、違うと思います。

「……佐藤田中鈴木じゃなかった?」
「じゃあ、それ」

 じゃあってなんだよ。そんな名字あるかよ!

 結局またいつもとおんなじですか? 結局てめえが惚れた相手ってわけじゃねえんだ? 



 脱力と同時に、安心と不信。

 ヅラがやな奴に変わったことと、まだ誰もヅラの特別がいないことについて。



「一人に絞ったんだな」

 なんで、今俺達にはこんな話題しかないんだろう。あとは血生臭い話。今はしたい気分じゃない。昔話の気分でもない。


「お前がそうしろと言ったんじゃないか?」

 俺のせいですかあ? お前俺の言うことなら何でもきくんですかあ? 俺がもし全員やめて俺にしときなさいとか言ったら、お前はゆうこと聞くんですか?

「一緒にいてやんなくていいの? あいつ明日には………」



 言いたくねえけど………。
 明日は、戦闘に加わる。

 先陣の部隊で、その部隊に俺達もいるけど、俺達がいるってことはそれが一番戦闘が激しい。







 あいつ………きっと死ぬ。



 今日、優しくしてやんなくていいの?
 アンタ、まだ正気のうちから俺の方に体重預けてきてただろ? けっこう途中まで寝たふりしてただろ。
 俺がここに運んだけどさ。今日はお前が酒の席に加わるだなんて俺は思ってなかった。





「今日、あいつの近くにいたくない」





 今日が大事なんじゃないか?





「死なない奴が好きなんだ」







 アイツ、多分死ぬよ。





 もともと戦闘要員じゃなかった。伝令部隊でこっちにきて、それで、戦闘に加わる事を志願した。一人でも、例え捨て駒でも俺達には兵が必要なんだ。何でもいい、誰でもいいから、一人でも、少しでも戦力が必要だったから。
 誰も止めなかった。
 だから、伝令係としてこの部隊に駐留してたあのひょろ長い奴を選んでたんですか?





「俺だって、死ぬかもよ?」




 死なない奴なんていない。

 特にこんな状況じゃ、俺だっていつ死ぬか。明日かもしれない。







「銀時、お前は死なない」




「何よ、それは」

 俺だって、殺されたら死ぬ。








「死ぬはずない。俺が全力で守るからな」



















070919
誤字
どっちがいいだなんて事はない → どっちが飯田なんて事は……飯田……誰?