陽のあたる場所 06 



 





 何ヶ月かの遠征でようやく少しでかい民家を借りることができた。
 遠征も疲れたが、ここ数日は守りを固めているだけで、現時点では戦局はつとめて穏やかだった。周りの人数もあまり変動しない。

 最近回りに笑顔も増えてきた。

 少し前の戦で勝利をしてから、少しだけ生活も向上した。屋根のある寝床もだが、畳の上に座るのも久しぶりだった。

 町を訪れる度に、ヅラが攘夷の志の口上を滔々と演説し、それに共感してくれた人間が協力してくれたり、宿を提供してくれたり、戦いに参加してくれたり……。桂は無駄なカリスマ性を帯びているから、ついてくる奴は多い。ヅラの本性知らないからだって。

 補給経路が絶たれた末に現地調達を提言した桂のやり口は、正しくて有効的で汚ない。

 戦いに、一般人を巻き込むのはあまり賛成したくねえ。
 が、それ以外に俺達が生きる手段はなかった。おかげで、戦にも勝利をし、志に同調した奴等が戦力として何人か加わり、士気も上がる。戦力は少しでも多い方がいい。同士は一人でも多い方が強くなる。俺達は曲がらない意志が必要なんだ、命よりも強い意思。






 酒を飲みながら笑うことが出来るのも久しぶりだった。



 そして、ヅラがこの中にいるのも久しぶりだった。


 桂は、夜になると独りになる事が増えていた。地図と向かい合って進行経路やら退路の確保やら、毎晩そんなことばかりを押し付けている。俺よりは性にあってるはずだが。作戦立てる奴がいなくなっちまったからな。いても大して役に立たなかったけど。頭でっかちで実戦を知らない奴だったから。
 桂は夜一人で部屋にこもる。


 ……誰かを連れ込むのは相変わらずだったが。


 ただ、最近は今ヅラの隣にいるのがお気に入り君らしく、そいつと一緒にいるところをよく見る。どうやら独りに絞ったようだ。ヅラが惚れてるんならそれでいいんじゃねえのって気分で。こいつに俺たち以外の特別を作ったことに対しての違和感。
 こいつに俺や高杉や、問答無用で俺達の仲に侵入してきた坂本以外の特別が出来たことに俺は若干の戸惑いを覚えていたが……。戸惑い……なのだろうか。違和感とも違う腹立ちに似た感情。

 別に口にはしないし、それに言葉にはならない。ただの違和感があるだけなはずだから。もしそれを言葉に出来たとしても、それは俺が言うことじゃない。



 今までのお相手は屈強な厳つい奴が多かったが、最近のお気に入り君はこざっぱりした、ひょろりとした俺達より年下だったから……。ヅラの趣味が変わったのか?
 こいつは伝令係りで、戦闘要員ではなかったはずだ。もともと伝令係として時々この部隊にも顔を出していたが、戦いたいという意志の元、この部隊に引き入れた。戦力は一人でも多い方がいいって……そんな理由で。誰が見ても、戦士ではないことがわかるような、そんな奴が最近の桂の相手だった。
 まあ、ヅラ自体が、見てくれと相反してる奴だから、こいつ見て誰にでもできると思っちまってんのかもしんねえが。
 まあ、別に他人の趣味に口出しするような野暮な真似は致しませんが。



 それにしても……。



 ヅラがここまで飲むのは久しぶりだ。
 思考が鈍るとかなんとか理由をつけて酒の席を断り通しだったし、それにもともと不経済なザルなのに……。



 うっすらと顔を上気させて、俺の肩に寄っ掛かっている。




 アンタがこういうことするとアンタのお気に入り君やらアンタが袖にした人やらアンタに色目を使ってる奴の視線がブスブス突き刺さって痛いんですけどォ……。



 重たいです、はっきり言って。


 坂本や高杉とかとはよく四人で酒も飲むが、ヅラが寄っ掛かってくることなんかなかった。こいつがここまで飲む前に俺が潰れてる。こいつが先に出来上がってることもあったが……ああ、こんな感じか。まだ良い方だ。ヅラが酔うとやたらと俺に絡んできた。口でじゃなくて、身体で。酔っ払いだと思ってほっといたことも何度かあった。
 あっても気にならなかったけど……。




 いや、マジであんたの顔ってそれなりに凶器だから。

 なんでそんなに女みたいな顔に生まれちゃったんだろうね、君は。
 この顔には俺は耐性がある。
 一番長い間俺の隣にいたから。俺はこの顔に関して、この顔とか、この細っこい身体とかに関しては体勢やら免疫やらが嫌というほどついてる。
 毛の生えねえガキの頃から風呂やら共にした仲だしな。川で素っ裸で水遊びをしたことだってあったし。
 いや、実際こいつの裸……というか現物を見るまで、もしかしたら女なんじゃねえのとか思ってたこともあったけどさ。あの時の高杉は実際に驚いた顔をしていたっけ。
 まあ、俺がヅラを一番男だとしっかり認識してるんだ。今更どってことねえ。




 のだが!



 改めて見ると、本当に綺麗な顔してやがる。

 本当に、何でこんな所にいるんだか……。
 こんなとこでこんな生臭いことに関わってることが、不思議だよ、アンタ。



 実際、コイツがどんなに不細工でも、どんなにデブだろうと仲は今の現状と何も変わっていない。俺はヅラを幼馴染として、同士として、同じ意志を持つ一人の男として大切に想ってるのは間違いない。



 俺は変わらない。



 変わったのはコイツだ。



 寄せられるあからさまな好意に無頓着になった。
 こんな綺麗な顔をして、こんな場所にいるんだ。こいつじゃなくても男だって良いって思ってる奴なんざいくらでもいる。女がいないせいでおかしくなっちゃってんですね、ってのはわかるんだけど、まあそれでも本人同士が納得済みなら別に良いんじゃないですか? 
 ヅラは、特にこんなんだから。こんな場所に似つかわしくない風貌だから。

 こいつに懸想する奴なんて馬鹿みたいにいる。
 ヅラは、生きている人間は好きだと抜かしやがった。
 生きていれば、その好意を受け入れた。
 でも同じ奴とずっといることはなかった。そいつが戦死することもあったし、途中でヅラが飽きて突き放している所も見た。
 自分への好意に、無頓着になった。相手の心はなくていいと思っているようだった。




 昔は人見知りが激しいように見えて、他人をちゃんと見ていた。好意に対しては同等の屈辱や戸惑いで返していた。
 こんな風だから、まあ言い寄られたり、昔っから頻繁だったけど。こんな場所じゃなくても、女と間違えて惚れられることは片手じゃ数えきんないぐらいだけど。その度に激しい乱闘になっていたし、そのあと真剣に悩んでたりもした。



 今は、誰からの好意も気軽に受け入れ、でも誰も信頼していない。


 それに、死に対して鈍感になった。こっちだって鈍感にならなきゃやっていけないことぐらいはわかっているが。俺だって麻痺した。いちいち知り合いの死に顔見て取り乱してる場合じゃない。そんなことしてたら、こっちが壊れる。

 今は、ヅラは誰も信用してないんじゃないか?
 昔はちゃんと相手を見てたのに。





 戦いの時に、背中だけは俺が許されているが……きっとたぶんそれだけだ。桂の目には誰も映っていない。そのくらい俺にだってわかる。

 今のお気に入り君ですら、離れたら三日で忘れるだろう。惚れた奴だと思いたいが、そういう感じじゃなくて、隣にいるのを許してるだけって感じだった。見てりゃわかる。残念なことに、俺が一番面のそばにいるのが長いんでね。けっこう観察眼は鋭い方だと思ってんですよ。



 なあ、
 お前はそれでいいのか?
 テメエがそれでいいなら俺は何も言わねえよ。

 幸せそうには見えないけどな。

 もっと不細工に生まれてれば、人生違ったんじゃないの?





 俺の肩にあった頭がずるずると落ちてきて、俺の膝の上で落ち着いた。
 静かな寝息を立てて、誰も他に居なかったら思わず触りたくなるような黒い髪で、その顔を覆っていた。黒い髪に白い肌が映えた。

 下らない話をしながら、酒を囲む一同の視線がヅラに集中していることはわかっている。びっくりするほど綺麗なやつだから。
 居たたまれない。


 ここにいてヅラに懸想してない奴って俺ぐらいじゃね? 変な妄想してない奴って俺くらいじゃね?

 俺とコイツはただならぬただの幼なじみなだけですから。





「おい、ヅラ、寝るなら部屋に戻れよ」
「………ん」


 肩を揺さぶってみたが、起きようともしない。
 アンタどんだけ飲んだんですか?
 確かにいつもより倍のペースで酒瓶が空になっている気がするが……。普段この人数で空く酒瓶が、倍の量転がってる。周りの奴らの酔い方はいつも通りだった。初めっから、この場所に珍しいこいつに周りが酒を勧めたせいもあるだろうが、こいつが飲もうとしない限り酒は一滴だって飲まないんだから、今日はのみたい気分だったんでしょうねえ。

 まあ、こいつを酔わせたらどうなるか、気になるのはわかる。俺が来るまでけっこう何でもなかったんだけどね。顔色も普通でしたし、いつも通り背筋も伸びていた。


 俺の膝の上で気持ち良さそうに寝息を立ててやがる。



 やっぱりヅラをここに置いておくのも精神衛生上……下半身的に落ち着かない方々もいるだろうし……そんな奴が大半だし……。
 部屋に連れて帰るか。



 本当だったら隣にいるお気に入り君に任せるのが妥当なんだろうが。


 今日ぐらいはゆっくり休ませてやりたかったし。ここ何日かは戦はなかったけど、その分、経理やら何やらの雑用ばっか任せてたし。他の誰よりもそう言った作業も早くて確実だから。

 ここ数日はあまり寝ていないようだったから。

 お気に入り君に任しちゃ、きっとまた寝ないんだろうし。



 ……なんか、気に入らねえし。




「桂さんなら俺が……」
「ああ、いいって。俺もちょうど便所行きたかったし」



 俺に、倒れてきたんだから俺が拾うのが道理だろう?

 とか………ヅラをこいつに取られるのが癪だった。






 最近、こいつとあんまり喋ってない。あんまりこいつと一緒にいない。
 戦の時は同じ戦闘力の奴が隣にいるのがいいバランスだから、戦闘時は俺とヅラが一緒にいることが多いけど、話す感じでもなかった。話してる場合でもないし。



 こんなにずっと一緒にいるのに、俺達は最近、少し遠くなっちまった。気がした。




 近くに、


 コイツが眠っている間だけでも。

 コイツが勝手に遠くになっていく。







 お前はここにいろ。
 お前は、ここにいて変わるな。







 肩を組んで引きずって行こうかと思ったが、立たせようとしてもぐんにゃりとして起きる気配がない。仕方がないから背中に突き刺さる視線の痛みを多少の優越感に変えて横抱きに抱える。俺の胸に頭が落ちないように固定して。



 同じもの食ってるハズなのに、何でコイツはこんなに軽いんだ? 別に小食ってわけでもねえし……どんだけ不経済なんだ。
 軽いのもそうだったし、細いし。同じだけ外にいんのに、白いし。












 いつもヅラが寝てる部屋に運んで、座布団を枕にする。

 畳の上に長い髪が散った。

 一房を取る。

 変わらない。
 コイツの髪は昔から変わらなく柔らかい。昔からヅラの髪だけは無条件に好きだった。

 すっげえ、綺麗。
 真っ黒で、柔らかくて。それなりに手入れとかしてるみたいだったが。まあ、そりゃこんな綺麗な髪なら自慢したいでしょうね。

 コイツが気付かなければいつまでも触れていたい。
 今なら気付かれないから………その髪の感触を唇で確かめる。




 前に斬られた髪が、その部分だけが痛々しい。
 この、髪を守れなかった。
 それは俺の責任だ。俺はお前の背中を預かっているんだから。お前の命を預かってるんだから。





 なあ、
 勝手に俺から離れていくなよ……。




 ずっと、隣にいたのに。

 俺は変わりたくない。俺はお前にもそれを望んでいる。
 それはただの俺の感情の押し付けだってわかってんですけどね。






















070918
銀さん良く喋るから無駄に長くなる。