陽のあたる場所 04 



 





 夕陽を、見ていた。棚引いた雲が陽光を揺らす。荒涼とした場所だった。地平線まで見渡せるようなほど。
 それしか動かない。空だけがゆっくりと動き、雲の形を変え、色を変えていく。大地は何も変わらない。何も動かない。
 今日もまたなんとか生き延びた。

 殿を務めていたから……俺達が無事ならば他の奴等は生き延びているはずだ。

 今日は……今日で何人居なくなった?
 敵の、人間以外の死体が何体も転がる。人間の死体も転がってんだろうけど、あんま見たくない。知った顔があるかもしれないから。
 夕陽が染める世界のコントラストは視力を低下させてちょうどいい。
 見たくない、こんな世界は。

 止まった空気。
 虚脱感に包まれる。

 背中を、預けて座り込んでいた。
 俺の背中に体重をかけるヅラも、動かない。

 ただ、その体温と荒い呼吸から生きているのがわかる。



 それでいい。


 それだけでいい。


 今俺の背中にお前がいればいい。













 どのくらいの時間が経った?




「……暗くなんねえうちに戻るか」


 今まで借りていた道場も、焼き討ちにあった。天人に手引きした奴がいた。それはしかたねえ。俺達は俺達の思想で生きている。そいつはそいつの思想や思惑がある。それを強制しようなどとは思っていない。だが俺達は俺達の信じるものがあるから、負けちゃいけないだけだ。

 森の中に設営した宿営地は見つかりにくいが、その分地の利が悪い。暗くなったら戻るのにも苦労だ。



「……ああ。帰ろう、銀時」


 帰ろう。
 本当に帰れるのはいつのことだろう。
 今はまだ、それがいつになるのか見当もつかない。戦況は悪化する一方。増援もない。




 立ち上がる。



 立ち上がって、お互い鞘に納めた刀を杖になんとか歩く。肩を貸してるんだか、預けてるんだか。支えは一つでも多い方がいい。
 脚が自分の脚に絡み付くようだ。



「……疲れた」

「ったりめえだ」


 ここの部隊をほぼ殲滅することができたんだ。ここの部隊が体勢を建て直さない内にまた奇襲をかける。

 突破口が開けた。
 快挙だ。


 疲れていても、笑える。
 声に出せるほどの余裕はないが、それでも口元は綻ぶ。



 まだ、生きている。






 静か。
 何もかも動かない

 死体を、踏むことに躊躇いはなくなる。死んだ瞬間にただの有機物としての肉に変わる。その中に知った顔が付いた肉があるかも知れなかったが、それは地形の一部と認識して見ないようにした。

 口数は減る。減るというよりも、声を出す気力は早く宿営地に戻るための足に使う。

 動かない空気は重く、その中を俺達二人だけがいる。土を踏む音すら遠い。









 そのはずの空気に乱れを感じた。


 ………!



 まだ、陽があって、その光を刃が反射したから気が付いた。


 死体に紛れて!






「ヅラっ!」


 俺は、桂を渾身の力で突き飛ばす。



 桂の靡いた漆黒が、切り離されて……空気に舞う。


 間一髪!



 突き飛ばした反動で倒れ込んだ俺を目掛けて……降り下ろされた槍を寸での所でかわす。俺の肩口を掠めて、矛先は地面に深々と突き刺さった。


 地面に刺さった槍を敵が抜く前に俺が、抜刀し、一閃する。





 浅いっ!




 が………。


 血飛沫を挙げながら、首を失った天人が俺の方にゆっくりと倒れ込んできた。

 素早く体勢を立て直した桂が、背後から一太刀だった。







 どさりと、血を吸って湿った地面に俺達以外の最後の動いていた物が動かなくなった。


 今日は、何度こうやって互いの命を守ったのか、覚えていない。いつものことだったから。ありがとう、とかいちいち言うまでもない。それは自分の命を守るためにほとんど自分のためだったから。こいつが死んだら、俺を守る奴がいなくなるから、俺はこいつを守る。
 ヅラが死んだら、俺は死ぬだろう。
 そう、単純に思う。

 こいつ以上に俺の背中が似合う奴はいない。逆に俺以上にこいつを守ることが出来る奴もいない。







「銀時……」




 ヅラが、俺の横に、倒れ込むように膝をついた。

 俺の上に倒れてきたでかい肉片を、俺は足で蹴って押し退けた。どろどろとした体液を浴びて、気分が悪かった。

「……………」


 まだ生きてたか、とか冗談を飛ばす気にもならなかった。
 俺が死んでないなら、生きているのが当たり前なんだ。

 それに、疲れた。

 さっき斬られた腕の傷が熱を持ち始めていた。痛みは感じているがそれ以上に疲れた。今は早く帰らないと、早く帰って体力を少しでも早く回復しないと……。またすぐに戦いは始まる。血はだいぶ乾いてきているが、早く手当てしないと暫くは痛みそうだ。



「………銀時」



「何だよ………」



 口をきくのすら億劫だ。
 本当なら、ここで………このまま潰れたい。

 潰れてしまって、気がついた時にはすべてが終わっているといい。
 ただ、今ここで潰れたら、二度と気がつくことがなくなってしまいそうな気がするから、だから帰らないと。






「銀時!」


 上体を辛うじて起こして、桂の方を見た。
 ヅラの目の前にヅラが今撥ね飛ばした首が苦悶の表情で転がっていて、それを囲むように今斬られた桂の髪が、地に散っていた。



 長く伸びていた桂の髪の左半分が、アンバランスに短くなっていた。









070914