陽のあたる場所 03 



 





 ………熱い……。

 熱い。
 日に日に厳しくなる戦況。一度の戦闘で致命傷は免れるものの、敵の刃による裂傷が増えてきた。俺が無傷で帰るという伝説は終わった。ヅラはまだ引き続いていやがるようだが。目立った傷は負わないが、それでも受ける傷で戦況が悪化しているのがよくわかる。返り血なのか、自分のモノなのか、混ざってよく解らない。赤なのか黒なのか他の色なのかすらわからない。色なんて、もはやどうでもいい。

 麻痺し始めた感覚と感性で、今斬っているのが命だったモノだと無理矢理思い出す。思い出す必要もねえが。

 斬って、生きるだけ。
 生きて、斬るだけ。
 どっちだって同じだ、鶏でも卵でも。


 どれだけ俺達は肉の欠片を作ってきたのだろう……戦場において無駄な感傷は命に関わる。これは要らないものだ、必要なものは一つだけでいい。曲がらない、折れない意思さえあればいい。



 斬って、凪ぎ払い、振りかざし、叩き落とす。骨まで断つ感触に手応えを覚える。



 どうやら、白夜叉とか、呼ばれているらしい。




 こんな時に思う、とっくに俺は人間らしい感情なんざなくなっちまったんじゃねえか……とか、思う。感傷というよりもむしろ自嘲だ。まともであるはずがない。返り血を浴びて、肉片を作って、それでも帰ったら仲間達とまともな神経で笑っていられるだなんて、自分がおかしくなっちまったんじゃねえかと思う。


 敵、二体を相手に力任せに押しやる。敵は図体ばかりでかい爬虫類の顔をしていた、力じゃかなわねえが、この状態を打破するために、とりあえず力押しだ。負けたら潰されちまう。力を加えられて、背骨が軋んだ。



 こんな時にヅラはどこ行ってんだよ!
 天人の体液で握る刀が滑る。

 滑ったら終わりだ。力で押されたら終わりだ。二体の斧を刀一本て防いでいる状態だから。力を抜いたら潰れてる。押されてる。さっさと体勢を立て直さないと……。




 こんな時にヅラが、いない。

 さっきまで、背中に感じていた気配がない。近い場所でまるで舞うように、軽い身のこなしで、天人を殺していたのに……。
 アイツさえいれば、こんなの二匹を倒すのはあっという間だ。こんなのに時間を潰してる場合じゃねえ。これは雑魚だ。この白夜叉様がこんなのに負けたら、いい笑いものになっちまう。早く、この二体を片付けねえと。

 早く、一体でも多く倒さねえと、殺られる味方の数が増える! 早く


 ヅラがいねえ!  どこだ?

 ……嫌な感じがする。
 探してる場合じゃねえが、さっきまで……

 さっきまで、そこにいた。俺の目の届くとこにいた。いない。



 まさか!



 力押しは、このタイプの天人には分が悪い、体格差がありすぎる。どうにか体勢を建て直さないと……。一匹だったら負けやしねえのに。そんな仮説がどうにもならないことぐらい良くわかってる。命のやり取りにおいて卑怯もクソもねえ。

 勝手にいなくなるんじゃねえよ!
 殺られちまったのか!?
 そんなこと、こんな状況下で考えてる場合じゃねえけど、考えたら……どうなるかわかってる。

 力が、抜ける………。
 力が抜けて、負ける。そんなことはわかってる。そんなこと考えたら負けることぐらいわかってる。無駄なことを考えてる場合じゃねえ。

 勝手に俺から離れんじゃねえよ!
 生きていろ。俺も生き残るから、お前も生きていろよ。負けやしねえ。 だから、さっさと俺を助けに来いよ。









「銀時っ!」



 やつの声!


 一瞬、ほっとして……。

 背後の敵に気付けなかった。気付いたところで身動きの取れないこの状態じゃあ、どうにもならなかったのも事実だが。

 まずい……!

 俺の背後から……

 爬虫類の顔をした天人の持つ槍に似た武器が、やけに鋭く感じた。
 交わすことはできても、致命傷だ。今、二匹の敵を相手にしているから、力を抜くわけにもいかず、避けられない!






 目を瞑ることさえ出来なかった。


 死の恐怖は常に隣にあったが。
 今までに何度も感じたが、俺は死なないと思っていた。死ぬつもりで戦場に立つ奴なんざいねえ。死を感じた奴は逃げ出した。きっと俺もそうする。



 これで終わりかと思うと……何も考えることができず、ただ振り下ろされるやけにゆっくりと降りてくる白刃を凝視して………。

 これで終わりか? 
 目を、閉じる余裕もない。考えてる余裕もねえ。ただ、凝視した。












 熱い……


 それが痛みだと感じるのに、頭は必要ない。傷つけられたことはわかった。







 狙われていたのは俺の頭部だったのに、痛みを感じるはずの脳味噌すらぶっ潰れてるはずだったから……左腕が……熱かった。皮膚を切り裂かれて、血が溢れ出した。


 紫に近い黒色をしたべとついた体液が頭から掛かる。

 俺を殺そうとしていた天人の頭が胴体から離れ、ぼとりと鈍い音で地面に転がった。





「銀時、何をやっているんだ!」





 首を無くした胴体が倒れた後ろから、ヅラが叫ぶのを確認した。
 ヅラが間に合ってくれたようだ。




「わりィ」

 悪い、助かった。

 この瞬間に目の前の二匹の爬虫類を脚で蹴りつけて、バランスを崩させた隙に、凪ぎ払う。
 体液と中身が弾けた。


 もう一匹!


 そう、気合いを入れ直すが、それは喉元から血飛沫を上げて倒れていく。
 桂が、一閃した刃に倒れた。

「銀時、離れた」
「先に言えよ!」


 勝手に俺から離れんじゃねえ!





 背中を預ける。そうして、敵と対峙する。
 このバランスがちょうどいい………。








 狂ったように、敵を切り刻むヅラを視界の端に確認しながら……。





 こんな汚れた血を浴びながらもアイツは……なにか気品を損なわない。拾われた俺とは違った育ちの良さとかあんだろうが。
 ヅラについた渾名は誰が考えたか……。正しく狂乱の貴公子然としていやがった。この戦場においても……いやだからこそ際立つのか?


 ヅラが狂い乱れているから、だから俺は……鬼でいい。なんだっていい。
 守ることができれば。













070913