陽のあたる場所 13 



 





 何人死んだ?

 何体殺した?

 わからねえ。わけわかんねえ。
 もう、限界に近い。斬られた傷から痛覚があることを覚えていたのは本当にだいぶ前な気がする。
 正気なんてもうどこにもない、こんな場所では……この状態では無用の長物だ。刀を握る手の感覚しかなくなる。返り血で滑らねえように握り締める感覚だけあればいい。。
 俺自体生きてんのかまだ死んでねえのか。死んでたって動ける気がした。今なら俺は首だけになっても戦ってるだろう。




 これが終われば帰れる。



 ここがこの地方における敵の本陣だ。

 これが終われば、生きていれば帰れる。




 視界の端で、結い上げられた長い髪が舞う。黒い髪が揺れる。
 まだ死んじゃいねえ。
 ヅラが生きてるってことはまだ俺は死んでねえ。


 斬って。刺して、薙ぎ払って、降り下ろして。



 何体倒した? 何匹殺した? どんだけ斬った?
 一体でも多く!
 一匹でも多くの敵を斬り殺せ。


 俺が誰よりも多くの敵を斬る。誰にも負けやしねえ、俺が一番敵を殺す。
 そうすりゃいいんだろ?


 ヅラは相変わらずの身のこなしで、敵の攻撃を避けていた。相変わらず、軽やかに動く。戦ってんだか、踊ってんじゃねえのとか思いたくなるくらいに、軽やかに身を動かす。


 が、……少しの違和感。


 俺の身体は疲労がたまってきていて、叱咤しながら使ってはいるが、身体の動きが鈍くなってきている。
 それに比べて桂の動きはまだ軽かった……。観察できるほどの余裕はねえが、それでもいつも見てたからすぐわかった。いつも隣でこうやって戦ってんだ、どんな風にこいつがいつも戦ってんのか俺が一番よく知っているんだ。


 攻撃を避けながら、ヅラはほとんど殺してなかった。致命傷は与えるものの……殺しきれる力を使ってないのがわかった。腕を切り落とさずに、皮膚を切り裂くだけ。その程度の力で刀を振っていた。




 手を抜いてる場合じゃねえだろ!


 もしかしてわざとか? お前はそんなもんじゃねえだろ?





 生きて帰るんだ。
 一体でも多くの敵を斬れば一人でも多く一緒に帰れるかもしれない。



 昨日の……忘れたのか? それともわざとか?

 あんな奴との賭けに負ける気か?

 俺は、ヅラが殺しきらなかった敵に最期を送る。


 そして、また有象無象の中に駆け出す。














 ヅラがいつの間にか俺の背にいた。荒い呼吸が伝わってくる。それでもまだこいつには余裕があった。気配でわかる。

「銀時、大丈夫か?」


 口を開く気にもならなかった。
 呼吸がまともにできない。
 心臓が痛い。最高速度で働いてくださっている。



 何体殺した?
 お前はやる気あんのかよ?
 殺せば生き残る確率が上がる。


「おい、おめえら何体殺した?」



 野太い声が…。

 嫌な気分だった。あいつだ。俺はあいつは好きになれない。
 ヅラと賭けをした奴。



「俺は三十四匹殺したぜ」


 そんな数数えてる余裕なんざねえよ。



「二十九だ」

 ヅラが、軽く言う。

 ……マジか?



「俺は四十だ!」

 二人の無駄なやり取りの中に俺が怒鳴り声をを挟む。

 四十までは覚えていた。
 そっから数えてない。
 数は必要ない。

 手え抜いてんじゃねえよ!

 お前は俺と同じくらい強いだろ? てめえは俺にだってどうせ負けねえだろ。一体でも多くの敵を斬れ!

 まさか、わざとか?
 わざとあの男の言いなりになる気か?

 何がしてえんだよ!
 俺はお前がわけわかんねえよ!


「坂田、おめえも賭けに加わんのかよ?」

 卑下た笑い声が癪にさわる。

 その通りだよ! てめえごときにヅラをとられたくないんでね。

 俺に勝ってからでかい口叩け!




「終わってからにしろ!」

 生き残ってからにしろ!
 わかってんのか? 遊びじゃねえんだ。生き残るために殺せ。


 てめえと同じように、あっちだって命かかって向かってきてんだ。遊びの対称になんかしてんじゃねえ。






「銀時!」


 ヅラが、敵を斬りながら俺の名前を呼んだ。
 今はてめえと口をききたい気分じゃねえ。
 俺は背中を向けていた。
 返事なんかしてやんなかった。




「銀時、済まない!」


 一閃した刃が、敵を切り裂いた断末魔が聞こえた。
 ほら、お前は………。


「……ああ」




 わかってんなら、いい。


 そして、また、敵に向かう。

























 呻き声が聞こえたから、俺はそれを刀で刺して肉塊に変えた。

 本陣を落とした。敵の大将さんは逃げ出したようだ。まんまと逃げられたが、この土地はなんとか侵略を防ぐことができた。これで暫くはこの地方は天人達がやってくることはないだろう。




 途中から俺はわけがわかんなくなった。

 敵を斬る事だけしかインプットされてなかった。斬られた傷の痛みすら消し飛んだ、不思議な高揚感に包まれて、俺はただ剣を振っていた。

 近くに、近いところでヅラが同じように戦っていることだけはわかっていた。

 それだけ。しか、覚えていない。






071018