しばらくして唇を離すと、唾液で濡れた唇がてらついてた。
抵抗する気力も吸い尽くせたのか、くたりと力が抜けたヅラが、背を樹に預けて……それでも目はいつも通りにまっすぐに俺を見てた。いつも通り、ヅラの視線は婉曲に何かを言わない。ただ真っ直ぐに言いたい事を直球で伝える。
「銀時……」
ヅラの目がいつもと違うのは、苦しかったのか少し潤んでた。潤んだ瞳が俺を、それでも真っ直ぐに見ていた。身体が、熱くなった。
……止まんねえよ。
止め方なんか知らねえ。
知ってたとしても止めたくねえ。
どうせお前、俺が好きなんだろ?
こういう事望んでたんだ?
お前、俺のだろ?
俺に惚れてんだよな?
ヅラは強いけど、試合っても本気出して五分五分の勝率だけど……試合じゃ少し俺の方が弱いけど、俺より力は無いから抱き込んで押さえ込めば、
そうすりゃ……俺にだって……。
さっきの、高杉の言葉が頭に蘇る。まだ、消えない。
白い背中。後ろから抱き締めて、並んだ黒子を……あそこに口付けて……。
「……銀時」
力で押さえ付ければ、無理矢理、嫌だって言われても、押さえ付けて、逃がしてなんてやんない。俺から逃げるなんて許さない。抵抗されたって構わねえ。握ったヅラの細い手首。
もう一度、口付けたらまた、あの感覚なんだろう
唇を寄せる。熱くなった身体は暴走している。この熱をヅラにぶつけるようにして叩き出さないと、身体に熱が溜まって爆発しちまう。
もう一度……今度は、もっと。
「銀時っ!」
がぃん……、 て頭が鳴った。
目の前に星が散った。
「っ……て、ぇ」
頭突き。
を食らった。マジで。
この石頭は中身だけじゃなかったのか。
頭で瓦割れるんじゃねえのか?
目の前星がチカチカ飛んでる。
俺は当然、ヅラ押さえつけるどころじゃなくて、額押さえて転げまわって、頭から煙出てそうなんだけど、何しやがるっ!
「落ち着け、銀時。高杉と何があった」
上から降ってくる声は、いつもの如く凛とした、居丈高な声で、今の余韻なんざさっぱりなくなってて。あんまり痛いもんだから、ヅラの顔を見る余裕もねえが、きっと、顔もいつも通りに済ました顔をして俺の事見下ろしてんだろう。
…………まあ、そりゃ、あの険悪な空気くらい、空気読まないさすがのヅラだって感じるだろうよ。空気読めないとしても、激しく喧嘩中でしたから。
何があったって……いつもは沈着冷静なつもりの俺が、頭に血が上って暴走して……結論、今、頭、痛え、マジ。
「俺に納得できる理由を説明しろ。何故俺までこんな目に合わねばならない」
そうしなけりゃ、どうなんだって? お前が納得すんなら俺が今ヅラにしたこと気にしないわけ? こんな事しなきゃ俺と高杉が喧嘩してたのは、たいして気にしてないっての?
「……関係ねえだろ」
言いたくありません。
言いたくねえ。痛いし。
言いたくねえし、言えない。あんなに頭に血が登った理由がわかんねえ。今は、とにかく頭、痛い。
今だって腹の中でモヤモヤしてんのが収まって……るわけじゃねえが、今はそれ以上に頭が痛い。
「俺まで巻き込んでおいて、関係ないもあるか!」
「だから、てめえは関係ないって」
関係ないわけねえが。大有りですけどね。全ての原因と根拠がヅラなんだけど、言いたくない。言ったって……言うっても、どう言えばいいわけだ? どう説明すりゃ……?
しばらく、ヅラは俺をじっと見ていた。その気配は感じていたけど、頭が痛い俺を気遣うでもなく、俺が言いたくもないし、説明する言葉も選べないし、頭痛いしで動けない俺から、少し視線を外した。
「まったくお前らは……」
関係ないで、納得する気かよ……。
同じ年の癖に何故か年長者ぶった偉そうな声と態度のいつものヅラは、大袈裟なため息を俺に聞かせるように吐いた。
「まったくガキの頃から成長しない奴らだ。おおかた銀時が高杉を挑発して、高杉が手を出したんだろう? 本当に昔から変わらんな」
……それ、違うって。
それに、てめえの記憶だって違うから。
確かに先生から注意受けたのは俺と高杉ばっかだったけど、俺が喧嘩した回数はヅラとが一番多い。
高杉と殴り合いの喧嘩してんのも、俺よかてめえの方が断然多かっただろうが。
それでも何故か注意を受けるのは、俺や高杉ばっか……って、容量の良し悪しか? 何それ? 今更その不公平さに腹が立ってくる。
昔から変わらないって、てめえじゃねえか。何一人だけいい子ぶってやがる。お前は妙な所で要領いいから、怒られてる所なんか見たこともなかったけどさ。
てめえ一人だけいつも……そうやって。一人で、正しいですって。自分だけは何も悪くありませんて涼しい顔して……。
やっぱ、言いたくなった。
何でてめえ巻き込んで俺が高杉殴ったのか、言いたくなった。高杉だって、本当は殴りたかったの俺じゃなくてヅラなんじゃないか?
いつも、一人で、自分だけは悪くないって、涼しい顔して……俺は、その顔を歪ませたかったんだ。
「なあ、ヅラ」
「何だ?」
「高杉がお前の事好きなの知ってるか?」
ガキの頃から、いつも高杉がお前の後を追っかけてたの、知ってるか?
昔から。
最近……でも数年前から。ヅラを見る視線に、いつの間にか熱が含まれるようになったの、気付いてた?
ヅラが、俺から視線を逸らしたのは解った。俺は、未だに石頭のせいで頭痛いから、地面の土の湿った匂いを間近で嗅いでる。
「……前に、言われた」
ヅラのクセに、歯切れの悪い物言いだった。
言われて気づいたのかよ。誰がどう見てもそのまんまだったじゃねえか。当事者は気付かないものだって言い訳通用できないぐらい、高杉は解り易かったと思うけど。相変わらず鈍クサい奴。
それに、何、言われてんだよ。
俺の事好きだとか言っておきながら、何で高杉から愛の告白なんかされちゃってんだよ。
「何で、俺に言わねえの?」
何で高杉に告白されたとか、俺に黙ってんの?
「別に隠していたわけではない。ちゃんと俺は銀時が好きだと高杉には伝えた」
「……」
「お前に対して心苦しい事など何一つないから、言う必要がなかっただけだ」
「………」
「誰にだって俺の気持ちを折る権利などない。銀時、お前にも、だ」
「…………」
相変わらずのヅラはやっぱり、結局、ヅラのままだった。
優等生ぶって、いい子ちゃんのふりして、ってのは勝手な俺達の評価で、ヅラはヅラで勝手に自分を貫いてるだけだった。相変わらず。昔から。
あのまま頭突き食らわなかったら、力ずくで押さえ込んで犯ってたかもしんないけど、もしそうしてたって、結局ヅラがどっか変わる事なんか無かったんだろう。
って、なんか、納得した。
ヅラは結局、俺がどう思ってたって、誰がどう思ったって、何があったって、何をしたってコイツはコイツのままだ。どんなに強風だって、折れること無いんだって、納得した。いつも通りのヅラだった、結局。
俺は、恐かった……んだと、思う。
俺とヅラとの距離を変化させんのが嫌だった。距離も変えたくないし、色も変えたくない。
何があっても俺とヅラは変わらねえって、そんな絶対の信頼感確信してたくせに、俺が気持ち認めたら、何かが変わっちまいそうで、それが無性に恐かった……嫌だった。それだけは、何があっても嫌だった。
ヅラが、誰に好きだって言われたって、一番近くに居んのが俺だって言うのは、俺がヅラに対して感じてる絶対的な信頼だった。
ヅラが誰に告白されたって、ヅラは俺を見てるって、なんか確信だった。
けど、なんか……。
高杉だったら、負けるって思った。の、かもしんない。
俺と会う前から、お前達ずっとくっついてたし。
会ったガキの頃から、高杉はヅラの後追っかけてたし。ヅラは、結局懐に入れた奴を切り捨てる事なんかできねえから、同情だろうと高杉に縋りつかれたら、高杉を見捨てらんなくなる、なんて……思った。
「高杉は……あいつの気持ちは驚いたが。高杉への気持ちとはまた別にある。銀時と比べるつもりなどはないが、あいつはあいつで何より大切にしている。血は繋がっていないが、弟を思うようなこの気持ちも誰にも否定させるつもりなどない」
確かに初めて見た時は姉弟かと思った。気の強い姉と人見知りの激しい弟って構図だった。
今だって、その構図あんま変わってねえし……。
「……」
別に、結局、何も変わらない。
変わらねえ。
「銀時。で?」
「でっ、て何?」
「何故こんな真似をしたのか答える気はあるのか?」
頭が痛くて転げまわってたけど、今ようやく座り込んだ俺を、今度はヅラが蔑むような目で見てる……。
うわ、すげ怒ってる……。
あんまり表情をころころ変える奴じゃねえが、常に涼しい顔してるけど、今、ものすごく怒ってる事ぐらいは解るって。
ガキの頃、高杉と喧嘩して、昔から高杉の方が体格少し小さいから毎回俺の圧勝で、高杉泣かせるとだいたいヅラが登場して、正義感振りかざして俺に文句を言う。その態度に俺がムカついて、なんだかヅラと俺とが喧嘩始めて……って今はその構図かよ。
別に高杉いじめてないから。
さっきはいじめられたの俺の方だから!
「……ごめんなさい」
とりあえず、謝っとく。
お前を疑って、怖くなって、奪われたくなくて、無理矢理キスした事とか。
「謝罪はいい。理由を訊かせろ。返答次第では容赦しない」
「……」
あー…、そうですか。
はい、そうですね。
全面的に、俺が悪いですね相変わらず。
相変わらず、お前はいつも正しいですね。いいですね。
「……」
見下ろしたヅラと俺は、見つめ合ったまま、膠着状態。
いつまで続くんだ?
ヅラは俺が言い訳でもなんでもヅラが納得できるような答えを喋るまでそのままのつもりみたいだ。俺も、どんな屁理屈こねりゃ誤魔化せるのかも今は見当がつかない。やっぱ……誤魔化せねえか? 誤魔化して許してくれるような奴か?
嘘ついて、適当に誤魔化したりしても、ヅラの事だから、きっとばれる。
やっぱり、言わなきゃダメか?
「ああ、だからっ!」
ヅラの手を引っ張った。
ヅラが咄嗟の事に反応できなかったようで、バランス崩して俺の腕の中に転がってきた。
肩を貸した事もあるけど……コイツこんなに細かったけ?
「銀時?」
腕の中にいるヅラを抱き締めて、もがいても離さなかった。離してやんねえって。
いつもてめえばっか正しくてさ。
喧嘩したって、どうせこっちが負けるんだ。
負けたよ。
今回も俺の敗けだって。完敗ですって。
意地張ってたんだ。それでいいや。
お前との関係変えるのが怖くて、意地張ってました。すみません。
「俺、お前が好き」
「……」
「お前の事、好きだから」
だから、さっきのやり直していい?
そう思って、返事確認したくて、少しだけ顔が見える距離だけ、離した。
「…………」
いつも澄ましたヅラの顔が、真っ赤になってた。
了
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