「銀時、俺はお前が好きだ」
って初めて聞いたのはいつだったか。まだ戦禍には身を置かずに、そこそこ昔で、それでも毛が生え揃ってきてガキを卒業した頃。
そんな告白をされたのは、今日の天気と同じような手軽さだった。
「ああ、そう」
俺も同じような手軽さで答えた。だから、髪を触らせろだとか、最近俺に懐いてる猫を撫でさせろだとか、そうじゃなければ、その後に先生や高杉や他の知ってる奴らの名前も列挙されるんだろうと何となく思った。俺も俺で大した事でもない考え事してたから、これと言った反応はしなかった。
「どうも、俺は、お前に恋をしているようだ。だから、俺と恋人として付き合ってくれ。と、そう言う意味で言ったんだが」
俺は、口に含んだ茶を、盛大にヅラにぶちまけた。
何だか俺の幼馴染は俺の事が好きなんだと。
そりゃ、どんなにそこらの女より美人で、喋らなけりゃ立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花だって、ずっとガキの頃から一緒に居た幼馴染みだし、今更そんな感情持つわけもねえし、今更こいつへの認識改めるつもりもねえし、そもそもこいつ男だし。
幼馴染みとしちゃ好きだけどさ。
いや、幼馴染みで扱い解ってなけりゃだいぶ嫌いってか、ワケわかんねえってか……それでも馴染んで気心の知れているヅラは、博学で頭がいいくせに馬鹿なこいつとは妙に話があったけど、やっぱり変な奴だ。
昔から時々妙な電波飛ばしてる奴だった。ネジが外れてるていうか、常識外してるっていうか、昔から変な奴だってのは今更相変わらずな部分だったけど。
性癖まで変な方向に向いてたのかよお前。
付き合うって言ったってさ!
お前男だし?
空気みたいな感じだった。
いや、空気みたいに気にならないってわけじゃなくて、コイツより存在感が強い奴なんか滅多に居ないと思うけど、気になるけどそこに在るのが当たり前すぎる存在。俺が在って、んで隣にお前が無いなんてあり得ないって、そう言う意味での空気みたいな存在。
ヅラはいつも俺の横に居た。
誰よりも俺の一部だった。
好きも嫌いも無くて、ヅラはヅラ以上の存在じゃなかった。深く考えた事なんかなかった。考える必要すらなくて、俺にとってヅラはヅラだった。
俺が居るのとヅラがそこに居るのは殆ど同義語だと思えるぐらいに、俺とヅラは同じ温度で近い所にあった。
確かに、何でこいつは男のクセにそんな女より女みたいな外見に育っちまったんだろうとか、そこりの女より綺麗なヅラの顔を眺めながら思う事は何度か……何度もあった。今だってよく思う。
男に告白されて苛立ってるヅラの顔見て、そんな女みたいな顔に生まれた同情ならいくらでもしてた。
男に愛を告白されて、俺は男だって言いながら苛立ちを隠さないクセに、何で俺にはその態度でお前が納得してんのか意味不明。
他人に何か言う前にてめえの態度直せ。って何度も言ったよな? 仕方ないって言われてもそんな理由じゃこっちが納得できねえって。
ヅラが俺を好きだなんて言ってくんのはいい加減日常化しつつある。
相変わらず、晩飯のオカズとか、明日の天気予報を言ってるような気軽さで。
ふと、思い出したように言われても、また始まったって思う程度で、そろそろ慣れて来てかわし方も覚えてきた。他の話題振れば、そっちにいつもの調子で乗ってくる。ヅラもヅラで俺の返事なんて大して期待もしていないんだろうと、最近じゃそう思えるようになった。俺はヅラの告白に対しての答えなんて、一度も言ってない。どうせ期待もされていないんだろう。
もともと人目なんかを気にするような奴でもないから、人の目のあるところでの愛の告白には今迄でバケツ十杯分ぐらいは背中に冷や汗流したような気がするが、冷たかった周囲の視線にもそろそろ馴れてきた。
初めは、異端視されて妙な物を見る目付きで俺を見るな俺は関係ねえ、ヅラが勝手に言ってるだけだっ! っていちいちそこらじゅうに言い訳したい気分になってたけど、その視線の中に多少の妬みが含有されてる事に気づいたのは最近の事で、まあ本当に見た目だけだったら、コイツ以上の美女見たことねえから、その冷たい視線の中に含まれる妙な感情を羞恥でなく優越感に変えられるようにもなってきた。
てのは、当然本人には内緒。
ヅラの見た目はガキの頃から。
初めて見たヅラは、将来を想像してしまいたくなるような美少女だった。真っ白な肌に、真っ黒なさらさらな髪が頭の高い位置で揺れていた。赤い小さな唇とでっかい黒目が良く動いて、睫毛はマッチ棒が乗るぐらいに長かった。大人になればどんだけの美女になるんだか期待したくなるような美少女だった。
初対面で、こんな可愛い女の子見たことねえって思って、喋ったらなんて生意気な女だって思って、喧嘩したら滅茶苦茶強かった。女のクセにやるなって言ったら、本気で殴られた。男だって知ったのがその時。
成長期になってヅラも背が伸びて声変わりした分、男に少しだけ歩み寄ったけど……結局期待を裏切らず、見た目だけは誰もが振り返って二度見したくなるような美女として成長しやがった。
今は、死と隣り合わせが日常で、周りには女なんかどこにも居なくて、部屋だって野宿に近い雑魚寝が続いて、処理したい性欲だって無理矢理押さえつけたままなのは、俺だって誰だって、きっとヅラだって同じなんだ。
ここでヅラがこの外見してたら、やっぱりどうしたって、そういう欲求の対象にされちまうのは仕方ねえだろう。
周りの奴等がヅラを見て何想像してどんなオカズにされてんのか、解る自分だって嫌だけど、見た目だけは女よか女みたいな外見してんだ。ヅラじゃなけりゃ俺だってムラムラしたかもしんねえけど……でも、ヅラだし。
だからって、こうやってヅラが男に言い寄られてる場面に出くわすのは一体何度目だ?
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20110304
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