頬に触れると桂は切なそうに睫毛を伏せた。
切なそうだなんて感じんのは、ただの俺の感傷でしかないはずだ。
相手は無用な感傷の持ち合わせなんか無い奴だって知ってる。
そういう奴なんだ、桂は。自分の目に写る事に真摯であり続け、どんなに汚くても目を逸らさずにまっすぐに見据える。自分の言動に、常に背筋を伸ばして真率で、折れたりなんてしない。嘘も言わない。弱音なんか聞いたこともない。桂の中にそんな文字は存在もしてない。
桂には、俺みたいなくだらない感傷なんて、持ち合わせてるはずがない。
前しか見えてないんだ、桂には。
だから、桂の綺麗な顔が、少し寂しげだと思ったのは、俺の一方的な感情移入でしかない。
そう思うことにしている。
そうじゃなけりゃ、やってらんねえ。
そっと、頬の輪郭を掌で辿ると、薄く唇が開く、。温度を感じさせないような白い肌は、とても温かく、確かに手触りがあった。ここに居る……桂が、ここ居て、俺が触れている。
綺麗な男。
見てるだけで、溜め息吐きたくなる。
花を愛でる気持ちと同じように、性別なんか関係なく、ただ綺麗だと思う。
肩を流れる髪がさらりと涼やかな音を立てたような気がした。陶磁器のように白い肌が黒い髪に映え、白さを助長させる。長い睫毛の影が、頬に落ちた。
唇を指先でなぞると、温い吐息が指先に触れる。その赤い小さな唇から漏れた吐息は、やたらと透明な色をしていた。
何で、俺はお前じゃなきゃ駄目だったんだろう。
他の誰でも良かった、ただ桂でさえなければ良かったのに、何でお前なんだろう。何で俺がこうして抱き締めたいとか、大切にしたいと思う相手がお前なんだろう。
俺の気持ちを重ねることで、幸せだと感じる相手が何故お前なんだ?
お前が誰でもない、ただの男なら良かった。いや、本当ならただの女なら良かった。他の誰でも……ただお前以外なら、誰でもよかったのに。
何で、俺はお前じゃなきゃ駄目なんだろう。
それでも、桂が俺を選んでくれた事が泣きたくなるくらい、嬉しかった。
どうにもならねえのに。
どうしようもねえ。
自分が何であるのか、忘れたことなんてない。自分が真選組である事は俺の何よりのプライドだった。
桂も曲がらない志を掲げている。
それは、どんな事があっても決して重なったりなんてしない。並行しぶつかるだけで、いつかはどちらかが潰えるだけだ。それなのに、俺はお前じゃなきゃ駄目だった。
「なあ、どっか行こうぜ」
「どこかとは?」
「どっか」
誰も俺達の事知らない場所。
お前に触れる事に歓喜する自分を受け入れる事が可能な場所に。桂に触れる事で、罪悪感なんて感じることもなく、純粋に嬉しいとだけ思うことができるような、そんな場所。
人目も朝も夜も全部気にしないで、ただ抱き合える場所がいい。
なあ、二人で逃げちまおうぜ。
そうすりゃ、俺達が二人で居ることに、純粋なただの幸福を享受できる。何もかも捨てて、逃げちまおうぜ。
「無理だ。明日から、忙しい」
ああ。知ってるよ。
人間を虫ケラみたいな目で見る天人の要人が地球に外交に来るんだろ? だから、お前らがテロ起こさないように監視すんのでこっちだってしばらく不眠不休の警備体制に入る。だから俺だって忙しいんだって。
それでもさ。
「んじゃ、来週は?」
「来週も忙しい」
「来月は?」
「来月まで予定はびっしりだ」
あんまりお前は働くなよ。お前が動けば俺が忙しくなんじゃねえか。
俺の腕の中でじっとしててくれるなんて、はなから期待してない。もともと望んで得た関係じゃない。この気持ちを昇華できりゃ、すぐにでもこんな関係は解消できる。そっちの方が正しいだなんて、誰に言われなくても俺達が誰よりも痛感してんだ。
人目を気にして、外で会っても刀向けなきゃなんねえ。微笑むことすらできねえ。触りたいのに。
こうやって、桂に触れていたいのに。
「でも、そうだな。どこか……温泉などには、しばらく行ってない。きっと気持ち良いだろうな」
「だろ?」
休暇じゃなくて、全部捨てて、ただの俺とお前で、どっか山奥にでも行って二人きりでさ。
誰の目もなく、誰にも咎められず、ただ二人きりで……抱き合うことに、良心の呵責も、現実との差異も、後悔すら感じる事がない場所がいい。
「俺が育った場所は秋になると、とても紅葉が綺麗だった。また、あの景色を見たいな」
「いいな。手、繋いで歩こうぜ」
「少女か、お前は」
「るせえ」
外で、手なんか繋げるわけねえ。
肩並べて歩くことだってできねえ。
俺達は、俺達ってまとまりになる事は許されない。束縛したくてもさせてくんない相手だ。
考えたことがないわけじゃない。
ずっとここに、俺の腕の中に桂を置いておく方法を考えた事がないわけじゃない。今でも頻繁に考える。
閉じ込めて鍵かけて足切り落として逃げらんなくして、そうすりゃ俺のところにずっと居るだろうかって、考えたことがないわけじゃない。
考えたけど、もしそれが出来たとしても、きっと桂は俺の腕から逃げてくんだろう。俺の心臓と桂の心臓を刀で縫いとめたって、桂は自分の見えてる前に真っ直ぐに進んで行っちまうんだろう。
どんなに、焦がれたって、無駄な感傷だなんて、誰より俺が知ってる。
俺も俺の立場を譲ることが出来ない。
俺は死ぬまで真選組を貫く生き方しか結局できねえんだ。
同じ道の上で、互いの立場は障害でしかない。叩き斬ってでも、前に進まないといけねえ。それが、俺達なんだ。そんなこと、知ってんだ。
「ああ、そうだな。どこか……」
桂が、目を細めて遠くを見た。
その視線の先に先には、二人で見るはずの山を赤く燃やすような紅葉が映っているのだろうか。
「秋になったら……」
「ああ。約束だぜ」
その約束が決して来ないことを、俺達は知っている。
こんな事はただの言葉遊びでしかない。
俺達は互いに未来を拘束する権利なんてないんだ。
桂が桂であるためには、捨てらんないもんがある。
俺も自分が真選組以外の場所で生きていけるはずもない。
ただ、こうやって決して来ない未来を思い描く事だけ……それすら、罪の意識に苛まれる。
何に許しを乞えばこの気持ちは償われるのだろうか……。
「だが、そうすると、綿密に計画を立てて、強行軍で一泊ないしは、日帰りコースだろうな。今から日取りを決めておかなければ互いに都合がつかなくなってしまう。ちょっと待て、今手帳を……」
あ、行く気?
了
20110815
2500
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