ともかく俺は、今、初めて見る副長の笑顔に悪寒が止まらない。
「ああ、土方、今日はいい天気だな」
いや、思いっくそ曇天ですけど! どうみても、あと一時間以内に雨が降りそうな気配ですが。
とってつけたような会話しようとかすんじゃねえ、桂。一応こんな瞳孔でもうちの副長なんで、そんな邪険にしないで貰いたいのですけれども……。
「ヅラ子さんも、今日も綺麗だ」
凍……るかと、思った。
副長のどの口が今の台詞を吐いた! 間違いないよな? これ、副長で間違いないよな? 確認の為にマヨネーズ飲んでみて下さい。とか、言えたらいいのに。
「土方は今日も瞳孔が開いているぞ」
「ヅラ子さん、そんなに俺の事を……っ!」
誉めてねええェェッ!
いや、副長! やっぱ気づいて!
気付かずに素通りしてくれりゃ、これから桂の情報源と接触できるかもしれなかったのに、アンタが来たから台無しになったんだ。
俺はここに居ますから! ちょっと女装してたりするけど、アンタが命令した潜入捜査の最中だから! 俺が山崎だって気付いてくれりゃ、副長だってこれが桂だって気付いてくれる……はず!
「ん? そいつは?」
副長がようやく、俺の必死の視線に気づいてくれた! 副長! 俺です! 山崎です! そしてこれは桂です! 今、任務中です!
「ああ。仕事で最近入った、後輩だ」
「あ、どうも……ザキ子です」
気付いて、副長! お願いだから俺に気付いて!
「そうか。よろしく」
じゃねえ!
いや、副長! だから俺ですって! 今更ヨロシクされたくないですって!
しかもどの面下げて今俺に笑顔みせた?
屯所じゃ、そんな顔一度も見た事ないっすよ!
「で、土方は今日は仕事か?」
「ああ。桂と仲がいい攘夷派のアジトを掴んだから、そいつらを一斉検挙する」
いや、それ、俺がこの前ようやく掴んで副長に教えた情報でしょうがあっ! どんだけ苦労したと思ってんだ! 何本人にベラベラ喋ってんのっ!
「そうか。それは夜半頃か?」
「ああ。予定じゃ八時ごろだから、夜は物騒だからあんまり出歩かないでくれよ」
大変なのはこっちだ!
え? もしかして、桂の情報源を探れって、アンタ? あんたの事か?
まさか、桂一派に俺達の動向が筒抜けだったのって、もしかしてアンタが原因だったりすんの?
「そう言えば、狸獪族と言う天人が幕府を訪ねてくるらしいな」
「ああ。一週間後に来るらしい。あの天人は攘夷浪士達からかなり嫌われてるからな。警備もしなけりゃなんねえ」
「とすると、大使館は襲撃される可能性があるだろう? どこかにかくまうのか?」
「いや、襲撃なんてさせねえよ。警備を強化するだけだ」
そこまで! あんた、そこまで喋っちゃうの!
「……とすると、その間は、真選組自体の警護は手薄になるということか……」
ほら、バレた! その隙に屯所狙う気じゃないだろうな!
「どうしたんだ? ヅラ子さん、何か考え事か?」
「いや。土方の仕事が大変そうだと思っただけだ。お疲れ様」
「ヅラ子さんにそう言って貰えたから、疲れなんて吹っ飛んじまった」
……アンタの代わりに俺が何でこんなに疲れなけりゃなんないんだ! 今アンタが吹っ飛ばした疲労は全部俺目掛けて飛んで来ましたから! 俺のストレスが最大積載量超過で、潰れそうです、副長。
「ヅラ子さんは?」
「食事中だ」
まあ、見ればわかる事だけど。いや、桂は先に来ていたから、とっくに食べ終わっていて、俺が来た時には俺と同じ盛り蕎麦の皿に向かい、ご馳走様と手を合わせていた。
「奇遇だな。俺も今から昼飯なんだ。俺も一緒に食っていいか? アンタ達の分も奢ってやるぜ」
「ああ。天麩羅蕎麦がいい。特盛りで」
まだ食えるんですかっ! あんた今盛り蕎麦食ったよな! 食べ終わった所しか見てないけど、ちゃんと食べ終わったよな?
武士たるもの、質素なものだけ食ってりゃいいとか言って、とろろ蕎麦が食べたい気分だった俺にメニューを選ばせなかったよな?
そして、桂は俺達の伝票を副長に握らせていた。
どうやら、俺は副長に奢られる羽目になるらしい。生まれて初めて副長に奢ってもらう物は盛り蕎麦ですか? いや、まあ、いいですけど。
「ヅラ子さん、あの……こんな所でなんだが」
「なんだ?」
「アンタに、いつ会えるかわかんねえから言っとく」
「何を?」
「俺は……アンタに惚れてる。結婚してくれ」
って、こんなところ過ぎる!
いやいや、副長!
なに言ってんの!
これ、桂だから気付いてお願い!
しかも、俺の存在忘れてんだろ! 普通、連れが居る所で、愛の告白なんかしちゃうものか? てか、付き合ってもないでしょうがまだ。結婚前提とかって重過ぎるって!
しかもなんで桂の手を握ってんだ!
いつもは堂々とした態度の桂の腰、かなり逃げ腰なんだけど!
顔、引きつってますが。
副長、解ってんの?
それ男! それ桂!!
「土方。だが一つ心配があるんだ。攘夷志士の桂の動きなんだが……どうも最近あまり動かないようだ」
この期に及んでさらに、情報引き出そうとすんじゃねえ!
今、それどころじゃないでしょうが! 今、副長の一世一代のプロポーズだっただろ! それを無視しちゃさすがに副長が可哀相でしょうが。
「ああ、心配要らねえ。この間、観察方を潜入させるのに成功した。桂の情報は筒抜けだ」
…………言っちゃったよ、この人!
全部言っちゃってるよ! えっと……帰っていいですか? えっと、バレたよね? 俺だってバレたよね? 最近潜入始めた観察方だってバレたよね?
「……そうか」
桂は、ちらりと、俺を見た………冷や汗が、背中を流れ落ちる。きっと、嫌な色をしている気がする。
まずいっ!
かなりまずい!
どうやって逃げればいい?
いや、逃げるって、俺は真選組だから、副長とで二対一だ。逃げるのは桂の方だ!
これなら桂に勝てる!
今なら桂を捕まえられる……って、副長がすでに桂の手を握ってるし! いや、そうじゃない。手を握るんじゃなくて、手錠をかけるんだって!
「ヅラ子さん。アンタの気持ちが知りたい」
あ……副長はまだプロポーズの続きだったらしい……副長の周りがありえないピンク色してる気がする。
「土方。今日こそ俺の気持ちをちゃんと言おう」
桂が、副長の顔を真っ直ぐに見た。
「……ヅラ子さん」
「傷つけてしまうかと思って、ずっと言えなかったんだ……ずっと、言いたかった。土方からの好意が嬉しかったけれど、それでも……」
そうだ。
副長が、うっかりとは言え、桂に惚れたんだ。傷つかない方がおかしい。
確かに、本当に美人だ。
背筋が伸びていて、凛としていて、芯の強そうな女性。これが桂じゃない女性だったら、俺だって一目惚れしてしまうかもしれない。
副長も、男の俺から見ても本当にいい男だと思う。桂と二人で並んだ姿は、羨ましいくらいベストカップルだ。
でも、桂なんだ。
副長が、結婚まで考えて勇気出して告白したのに、桂なんだ。桂だって人間だから、きっと、副長からの想いは、心苦しかったのかもしれない。
「土方、俺は……女が好きなんだ」
……そりゃ、そうだろうよ。
って、二人の視線が一気にこっちを向いた。
桂は、冷ややかな視線を俺に向けている………副長は……。
……もしかして……。
今、俺、女装しちゃったりしてる?
やっぱり、副長は俺を山崎だって認識してくれてない?
もしかして、桂が好きなのって俺だって勘違いされてる?
桂は俺に、冷たい視線のまま微笑んだ……。
副長が、なんとも言えない形相で、俺を見ている………。
「待ってくださいぃっ! 俺は山崎です! 副長おォォッ!!」
って、叫んだ時には、桂の後ろ姿はすでに屋根の上だった。
了
20110301
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