目が覚めたら、頭が痛かった。
体調を崩した時のような頭痛ではなく、どうやら頭を打ったらしい、そんな頭痛。そもそも俺は体調など悪くした記憶は殆どない。
頭が痛い……。
だから、ここがどこだか解らないのは、頭を強打したために記憶が錯綜しているせいなのだろうと、そう思った。きっとそうなのだろう。
ここは、どこだ?
目を開き、周囲を確認する。今俺が住んでいる家とは違う事は解る。現在の身分が身分なだけに、住所は不定で定住は出来ないからといって、今住んでいる場所くらいは把握している。だから、この天井は……どこだ?
ここは、どこだったか?
知らない場所だ。知らないはずだが、天井の染みはなんとなく見覚えがあり、馴染んだ場所のような気がしたが、俺の部屋で無いことは確かだ。
確かに最近住処をを変えたばかりだとは言え、俺はこんなに趣味の悪い家具の配置はしない。何故、テレビをあんな場所に置く?
そもそもあまり大荷物にならないように、家具は殆ど持っていない。
ともかく、頭が痛い。
何があったんだ?
どうにも現状が把握できず錯乱しかかっているようだが、思い出さないと、まずい。現状を把握せねば。
確か……
ようやく帰ってきた密偵から密書を受け取り、そのことで気が抜けていたのかもしれない。危険な任に当たらせていた。無事だった事が何よりも在り難い。
ここのところ、昼夜問わずに動き通しで、ろくな睡眠を確保できずに注意力が足りていなかった事は、何よりの反省点だが、とりあえず悪行を働き幕府中枢に巣食う天人と、名ばかりの過激派攘夷志士との繋がりを押さえたから……それを……。
どうするんだ?
俺は、何をしようとしていた? そんな大事な事を忘れるわけにはかない。近年稀に見る大仕事だ。綿密に計画を立て、世論を煽る事にも成功し、今回この密書を手に入れたことで飛躍的に計画の成功率は上がると、そう思っていたことは覚えているが……
そもそも、だからここはどこだ?
密書の受け渡し後、真選組に襲撃され、屋根には逃げた。それは覚えている。
そこでタカを括って捨て台詞を吐こうと後ろを向いた瞬間に、バズーカをぶっ放された。当然直撃などはしなかったが、近くに被弾した爆風に足を取られて……屋根から落ちた。
バズーカを俺に向けたのは、相変わらずあの一番隊隊長の小僧なのは、覚えてる。
それで……それから……。
何故ここに居るんだ?
ここはどこだ?
俺は誰だ? いや俺は桂小太郎だ。大丈夫だ。ちゃんと覚えてる。俺の身命を賭して成し遂げる使命も忘れるわけがない。
覚えて居ないのが、ここに俺が寝かされていると言うことだけ。
思い出せんというか、俺は自らの足でここに来たのだろうか?
ともかく、密書の有無を確認せねば!
ずきずきと痛む頭になるべく負担をかけないように、周囲の気配を気にしながらゆっくりと起き上がり、懐に手を入れようとしたら……!
服が、違う……気がする。
着替えた記憶などない。屋根の上からここまでは空白で埋まっている。
服が違う。今朝俺は白の寝巻きを着て、外に出たつもりはない。
慌てて服を探すと、枕元に畳まれた俺の服と……
上に、密書が無造作に、置いてあった。
まずい、な。
もし読まれたとすると、幕府から金を吸い上げ、過激派攘夷志士を用心棒として雇うなどという、その繋がりを示した密書だ。密偵に裏付けを取るために動いて貰っていたのだ。
幕府転覆を目論見る程度の大きなテロではないが、少しずつ攘夷の志を市井に流布する為に大事な計画で、その要となる密書だ。
明るみに出ていいものではない。
もし誰かに読まれたとすると……まずい。隠密裏に事を運ばないと。こちらの内情が筒抜けるのは、俺の立場も危うくなってしまうし、相手にも迷惑がかかるが……どうするつもりだったんだ、俺は?
そもそも、ここは……どこだ?
あの時、落ちて気を失った、のだろうか。
そう考えるのが妥当だが。
また銀時あたりに気合を入れて馬鹿にされてしまうのだろうか。頭を打ったらしく、コブが出来ているようだが、それ以外では痛くない。怪我はしていないようだ。ゆっくりと両の手を握り、両の足の指に力を入れる。どこにも違和感はない。やはり、頭が痛むぐらいだ。
落ちてからの記憶がない。
つまり誰かがここへ匿ってくれた、の、だろうか
そう考えるのが一番妥当に思えた。
銀時? ではない。あいつの部屋は知っているし、万屋とは別に部屋を借りる甲斐性などはない事も知っている。
そうなると、俺を知る志士の誰かだろうか。
だが別に、信頼のおける部下と言え、お泊まりに行ったりするほど仲がいい奴はいないはずだ。知らない場所だと思ってしまったが、天井の染みは何か見たことがあるような気がする。
起き上がったまま、部屋の中をぐるりと見回した。
俺は布団に寝かされていた。
あまり干していないのか、少し湿気臭く重いが、贅沢などは言えるはずもない。あのままでは真選組に捕まる所だった。ここに俺を連れてきてくれた相手に、どうにか感謝の意を伝えねばなるまいが。
密書を読んだかどうかも確認しなくてはならない。使われてもまずいし、現時点で公表されてしまってもまずい。
にしても、誰だろう。
布団が真ん中に敷かれ、テレビと、箪笥と……少し、脇に寄せられたちゃぶ台の上に……。
灰皿……吸殻を、そろそろ捨てないと溢れてしまいそうなほどの量だ。捨てるのが面倒なずぼらな奴なのか、それともかなりのヘビースモーカーか。
灰皿は、この家の持ち主は喫煙者であるという情報を伝えてくれた。俺の部下には肺癌のビデオを見せて全ての志士を禁煙にさせたはずだが、隠れて吸っていた奴がいたと言うことだろうか。誰だろう。一応徒党を組んで居る攘夷の志士のうちでこの江戸での規模は一番大きな党にはなるが、末端の全ての顔と名前は覚えているはずだが、吸っていそうな奴は居ない。俺の命令を聞かないような奴など居るわけがない。
誰だ?
部屋は簡素で、あまりモノが置いていないが。家具の配置は俺の好みではない。
そして、カーテンレールに俺の服が、かけられていた。
今、俺は寝巻きを着せられている。そして、着ていた服は枕元に畳まれてあるが……?
最近、そう言えば、掛けられているあの服、何故ここにあるんだ? 俺は重ね着を楽しむお洒落さんではないし、それほどに寒かったわけでもないはずだ。
いや、別に特徴のある服でもないが。似ている服なのだろうが。にしても、似ている。藍染のお気に入りの服だ。今朝、その服がない事をふと思い出したような気もする。
そもそもここはどこだ?
そして、ふすまの縁に無造作にかけられた黒いジャケット……。
黒いジャケット……。
うん。そうだ。
あれは黒のジャケットだ。ただの黒のジャケットだ。
とてもよく似ているが、いやいや、まさか。あってたまるか。
黄色い縁取りの黒いジャケットなんて普通にどこでも売ってるじゃないか。きっと。
きっと、お洒落さんなんだここの家主は。
だがもし志士の誰かだとしたら、悪趣味だと言ってやらんと。
だから、真選組の隊服とは、よく似ているだけだ!
「小太郎、気付いたのか!」
ふと、台所の方から声が聞こえた。
……小太郎、とな?
いや、それは俺の名前だと知っているが、誰が俺を小太郎などと呼ぶんだ?
慣れ親しんだ幼友達ですら、不本意にもヅラと呼ぶのに、今小太郎と呼んだか? 志士の誰がそんな馴れ馴れしく俺に接するんだ?
振り返ろうとして……。
後ろから……腕が回された……!
「なっ……!」
「良かった、頭打ってたみたいだから、心配したんだぜ」
あ、ご心配どうも。
……じゃない!
「大丈夫か? どこか怪我してたりしねえか? 痛い所ないか?」
なんだ突然、後ろから羽交い締めだとは、なかなか礼儀がなっていないな!
助けてくれた礼は言わねばなるまいが、一言文句を言ってやろうかと思います。
「小太郎……良かった」
けど、声……聞いたことあるよね。
うん。
なんか聞いたことある。
「無事で、良かった」
後ろから抱き締められて、黒い髪の毛は頬にちくちく刺さる。
何とかして、顔を覗き込もうと……首を捻った。
顔を、見た。
あ、正解。
なんか声と顔と一致した。
……。
…………。
………………何故だ?!
「土方っ!」
「……小太郎」
真っ白になった。
思考が停止したのは、土方が、なんだか俺にキスをしてるからだろうか。
俺を助けたのが土方だったからだろうか。
それとも土方が俺を小太郎とか呼ぶからだろうか。
何だ?
一体これは何だ?
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20101028
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