宣言












 長い艶めいた黒髪が、さらりと顔にかかる様子やら、赤い唇を舐める舌とか、白い肌がうっすら赤く染まった頬とか………。
 そんな様子に、釘付けにされてる奴等が……だいたい半数。


 顔をチェックしておく。
 あとで覚えてろよ、とか、腹の中で思う。


 勝ち戦で、宴会。仲の良い奴等合わせて二十人弱。

 楽しい酒だけど。

 ………いや、あんま俺のヅラをイカガワシイ目で愛でないで。
 そりゃ、男所帯でむさ苦しい男ばっかで、生死ギリギリで。死にそうになると、遺伝子残したくて、したくなるって聞いたことあるし。

 身体だってぼろぼろだけど、心だって限界まで疲弊させて生きてるんだ。
 男ばっかで、暑苦しい中に、華奢な細身で、その辺の女よか綺麗な顔した、髪の長い奴が居たら……目が向くのは仕方ないって思うけどさ。




 これ、俺のだから。
 とか、言えれば良いのでしょうけど。

 風紀乱れるとかの理由で、完全に二人きりになんないと、触らしてもくれねえし。
 俺だって、仲の良い奴等に、俺とヅラ、デキてますだなんて、今更どんな面さげて言えば良いのかなんて、想像するだけで、恥ずかしくて限界だ。




 だから、まあ、仕方ないんだけど……。

 何人もまとめて風呂入ったりすると、ヅラの後ろ姿見て、前隠して前屈みで出ていく奴等とか、いるし。ヅラをズリネタにして抜いてたりすんのかと思うと、自分を棚に上げて殺意を覚える。



 俺とお前と、ガキの頃から知ってるって理由で、俺が誰よりも一歩リードして、ずっと一緒に居たって理由でお前と心通わす事ができて、誰よりも一番近い位置手に入れたけど。幼馴染じゃなけりゃ俺だってこいつらと同じ状況に甘んじていた可能性だってあるわけだけど。

 別にヅラが俺以外の奴に靡くとか、思わないけど、相思相愛だって信じてるし。別に不満なんか漏らしてるわけじゃねえけど。

 強いて言えば、隠してる手前、もう半月ぐらい、触ってねえ。ほとんど毎日一緒に居んのに、寝床だって、同じ部屋だってのに……いや他にも複数居るけど。


 でも、これ俺のだから。

 お前、俺のだから、あんま他の奴に笑顔振り撒かないでくんない?

 とか……。







「桂さん、お酒足りてますか?」
「ああ、すまない。貰う」

 ……あんま、呑みすぎんなよ。呑むと絡み癖あんだから、アンタ。

 さっきから俺もだいぶ飲んでるけど、気が気じゃない。俺の方が酒弱いけど、今日に限ってはやたらと酒が回らない。後ろばっか気になって、酒飲んでんのに、アルコールが身体に吸収されねえ。

 いつもピシッて着てる服、暑いのか、少し胸元開いてるし。屈んだって見えるの、平らな胸板だってのは皆理解してんだろうけど。
 戦になりゃ、先陣で立ち回る姿は誰だって認めてんだろうけど……見た目が、な……。


 さらりと落ちてくる髪を掻き上げる姿とか、首筋の白さとか、今こうしてると、そんな所にばっか目が行く、男の悲しい性を不覚にも深く自覚しちまってんのは、きっと俺だけじゃねえ。



「桂さんって、好きになった人とか居るんですか?」


 ヅラに絡み始めた酔っ払いは、ヅラの腰巾着三号。

 後ろにいるヅラを中心とした奴等は、さっきまで戦の手柄の話で盛り上がってたから、俺も仲の良い奴とガキの頃の遊びとかで盛り上がってたわけだけど。その辺りは俺だってスルーして楽しい酒に興じていましたが。


 だが、そういう話題は聞き捨てならねえ。
 ヅラが誰を好きだって? 俺に決まってんだろ?


「どういう意味だ?」

 俺は背中全体を耳にして、そっちの会話に意識を集中させる。


「桂さん、あんまり女の話題には乗って来ませんから」

 そりゃ、そうだ。こんな堅物、今時珍しい。まあ、女に目覚める前に、俺とデキちゃったから、な。

 可哀想だとは思うけど、でも俺以外の奴にこいつが触ったりしたら、老若男女問わず殺意を覚えるから、許してなんかやんねえし。そんな寛容な心持ってねえし。

「……まあ、女性は好きだ」

「桂さんって童貞ですか?」


 ヅラが、困ってる顔が目に浮かぶ。俺に背中向けてんだけど、ヅラがどんな顔してんのか、手に取るようにわかる。

 ヅラは童貞だって。

 ……さすがにこの年じゃ、言いにくいだろうな。

 俺は、ヅラが居ない遠征に行った時に、そういう女の人がいる場所に、年上の友人に連れて行かれた。っても、二、三度だけど。だからヅラで童貞捨てたけど、女の経験が皆無ってわけじゃねえ。

 当然、ヅラには言った事ない。言えるはずもない。


 そりゃ、健全な男なんで、女体には反応したけど……やっぱり、何て言うか、気持ち良かったには気持ち良かったけど、相手がヅラじゃないのが、嫌だった。
 比べたって、ヅラとやってる方が、断然気持ち良いし。

 やってる時に、気持ち良さそうに喘ぐ声とか、俺にしがみついてくる腕とか、達した時の無防備な表情とか、それだけで愛しくなるし、そんだけでガチガチに硬くなる。


 結局、お前じゃなきゃって再確認できたから、多少後ろめたいけど、まあ、経験。




「桂さん童貞なんですか」
「お前、今まで、女とやった事ねえのかよ」

 ヅラと話してた奴等が口々にヅラを質問攻めにする。

 やめてくんねえかな。
 だって、ずっと昔からこいつ俺のだし、女と経験無いくらい、仕方ねえだろ?

 半分同情の気持ちとかもあったりで、聞いてらんねえ。


「いや、そう言うわけではないが……」


 ヅラが、語尾を濁しつつ……………はいぃ?

 そんな事ねえって、どういう事だ? 女と経験あんの?


「昔、先輩方に、女性が居る店に連れて行かれた事がある……から、経験が無いと言うわけでは……」




 ピシッと、俺が持ってた猪口にヒビが入って、酒が零れた。


「坂田、お前、何やってんだよ」
「ああ、すまねえ」


 その辺にあった手拭いで、零れた酒を拭きつつ………。


 今、ヅラ、何つった?



 今、童貞じゃねえって聞こえたんだけど……女とやった事あるって聞こえたんだけど。気のせい?
 それとも、場を凌ぐための方便ですか?



 俺以外には、絶対触らせんじゃねえって言ってるだろ? お前だって、『俺の全てお前に預けてある』とか言ってたじゃねえか。

 嘘ですか?

 お前、俺に嘘つけるほど、いつの間にか成長してたわけ?

 聞いたこと無いんだけど。

 俺以外とヤった事あんだ?




 ……俺は俺を棚に上げる。いや俺だって黙ってたけどさ。言った事ねえけど。

 けど、何だこのふつふつと沸き上がる怒りは。



「何だ、そのくらいかよ。惚れた女とか居なかったわけ?」

 後ろの会話に、再び意識を持ってかれる。そのくらいじゃねえっ! そこんとこ、ちょっと、あとで根掘り葉掘り訊くからな!


「いや、ずっとこんな事やっていたから……特定の女性とは無いな」

 そうだろうよ。俺以外見んじゃねえって、言い聞かせてあるからな。女見る暇あるなら、俺が抱いてますから。



「女に興味無いんですか?」
「……いや、そう言うわけじゃ」

 昔から俺一筋だから、仕方ねえだろ? そんな余裕、与えてねえって。


「まさか、桂、お前、男に興味あんのか?」

 かたん、と音がした。

「桂さん、何やってんすかっ!」
「落とすなよ」

 ……ヅラが、猪口を落としたらしい。俺も、新しい猪口を持ってたら、また握り潰してた。



「いや、すまない。余りにも、予想外な質問をされたんで」

 これ、助け船出した方がいい?

 コイツ、そう言う話、苦手だからって言ってやった方が良いんだろうか。





「桂さん、大丈夫すか? 顔真っ赤ですよ」


「……平気だ」


「桂、それって図星って事か?」




「………何を馬鹿な……」



 顔に出してんじゃねえよ。背中に居るから見えねえけど、ヅラが今どんな顔してんのか、手に取るようにわかる。あんま表情変えるような奴じゃねえけど、腹の中と表情は割合直結してる奴だから。
 今、ヅラがどんな顔してんのか、よくわかる。
 すげえ困ってるんだろうな。眉間にしわ寄せて、畳の目数えてるような俯き方してんだろう。




「そっか、桂は男が好きなのか」
「………妙な言い掛かりはよせ」

「別に、偏見なんかねえよ。こんな男所帯なんだ。黒田と石川だって、出来てるって」


 ああ、それは有名だ。隣の部隊の奴等。俺も抱き合ってんの目撃したことあるし……。他にも、何組か怪しい奴等はいるし。別に合意だったら、って黙認。

 けど、ヅラは……とりあえず、隊長格だし、率先して風紀乱すわけにゃいかねえだろうし。





「男に興味あんなら、俺で手を打っとかねえか?」

 びりって、手元で音がした。

 俺が握りしめてた手拭いを、二つに裂いてた。

「坂田、お前何やってんだ」
「あ、いや……」

 俺は引き裂いた手拭を置いた。俺と話してる連中が俺の事不審な目で見てるけど、その視線に今かまってられるほど、今の俺に余裕はなかった。


 俺で、手を打っとかねえかって、一体どういう事だ?
 てめえなんざ、ヅラが相手にするはずねえだろうがっ!

 俺が居る前でヅラに手ェ出してんじゃねえよ!

 って、言って良いのか? もういいか。俺のだから色目使うなよ。

「………それは?」

「お前、こんなむさ苦しい場所で、一人で綺麗な顔して、回りにどんな目で見られてんのか自覚あるか?」

 させんなよ。
 そんな自覚させんな。

 せっかく、女以外にも男には俺以外に興味ねえんだから、気にさせるような発言慎め。
 俺が俺以外に目を向けねえように、どんだけ苦労してんのかわかってんのか?

 後ろだけでイける身体作って、お前はもう女と出来ねえなって言い聞かして、お前は男なんだから、男のお前を愛してやれんの俺ぐらいだって、嘘八百吹き込んだりしてんだから、バラすんじゃねえよ。




「この前、前田と大塚に同じような事言われたが………」



 前田と大塚あぁあッ!
 てめえら、前に出てこいっ!

 そして俺に土下座しろ!


「ちょっと、坂田、大丈夫かよ」
「あ?」
「……大丈夫なら良いけど、酔ったか?」

 違えよ! 震えてんのは、酒じゃなくて怒りのせいだっての。あいつら……確かにヅラを見る目がそんなんだったけど、ヅラに告白したのか? ヅラになんか手ェ出してたらただじゃおかねえ!


「じゃあ、そいつらのどっちかと付き合ったりしてんのか?」

 なわけねえだろうが!
 俺と付き合ってるんだって! ガキの頃から長い時間かけて、俺と愛を育んでんだよ。ヅラに俺以外の相手が居るわきゃねえだろうが!


「まさか。色恋にかまけてる余裕は俺にはない」

 俺の怒りとは裏腹な、さらりと涼やかなヅラの声が聞こえた。けど、ヅラに、嘘吐かせてんのが、心底心苦しい。

 嘘吐くの、苦手な奴だから。嘘を吐くのは、心が弱いからで、重ねれば重ねるほど弱くなるって言ってた。弱くなりたくないから、嘘は吐かないって言ってた。
 まあ、ヅラだから言える言葉だけど。
 ヅラは剣の腕だけじゃなくて、心だって強い奴だから。だから、ガキの頃からずっと今でも惚れ続けてんだけどさ。




「そうだよな、桂、けっこう坂田と二人で夜どっか行って、二時間くらい帰って来ないことあるし。てめえらデキてんのか?」


「なっ………」


 ………………。


 ここで、俺が話題に昇るなんて思いもよらなかった。

 いや、マズイって。バレてんの?

 ここで助け船出したら、認めてるようなもんだって。

 思うけど……もう、いいか。認めても。認知してもらうか、周囲に。
 俺の人生の半分以上、コイツの事好きだったんだし。もうバレてんじゃねえか。隠さなくたって良いだろ? 今更隠したって、バレてたってどっちだって変わらねえ気がする。


「………」


「黙ってるって事は図星って事か?」








「…………あのさあ」


 さすがに俺が耐えきれなくなって、そっち向いた。
 ヅラ困らせんじゃねえって。俺の大事な人困らせないでくれない?


 嘘なんか吐けない奴なんだから。


「なんだ、坂田、聞いてたのか?」
「何で俺が巻き込まれちゃってるわけ?」

「で、肯定しに来たのか?」
「ふざけんな。腐れ縁だらって、勘ぐってんじゃねえよ」

「んな事言って、てめえだって、桂見て勃ててたりしてんじゃねえか? こんなむさ苦しい場所だ」

 そりゃ、当然だとは思うけど。ここで、俺が肯定するわけにゃいかねえ。
 俺が肯定したら、桂が男受け入れ可能な身体してるってばれちまう。


 そんなんなったら……俺が四六時中見張ってるわけにゃいかねえし。


 まだ憧れで済んでる奴等だって、妄想じゃ済まなくなる。


「こちとら毛ェ生え揃う前からの付き合いなんだって、今更そんな関係かよ」
「じゃあ、俺が桂口説き落としても良いってわけか?」

 いいわきゃねえだろうがっ!
 てめえはもうヅラに触んな、口聞くな、見んな!

「勝手にしろよ」

 どうせてめえごときにヅラが靡くわきゃないけど、そんくらい相思相愛に自信があるけど……。
 やっぱもう、俺のだって、てめえら全員勝ち目なんざねえって、俺のもんに手ェ出してんじゃねえって、宣言していい?

 何があっても離れないようにすっから、俺が守るから、いいか?






「……銀時」


 ふと、ヅラが俺の名を呼んだ。
 可哀想に、得意でもない嘘を吐かされて、だいぶ落ち込んでたりしてんのかと……。
 思って、顔を見た。
 ら……。


「ヅラ……?」




 突然胸ぐらを捕まれた。






「銀時、貴様と言う奴はっ! さんざ俺に、俺だけだと言っておきながら……!」

 突然、キレてた。

「ちょ、ヅラ」

「今まで調子の良いことばかり言っおいて!」

「いや、だから……」

 嘘だから、方便って言う場を凌ぐための嘘だから。
 お前だって、少しは言ってただろうが。

「俺がコイツに口説かれても良いと言うわけか、そうかわかった!」
「いいわきゃねえだろうっ! でもこの状態じゃ嘘吐いとくのが定石だろうが」
「だとしても、本人を目の前に良く言えたもんだな」
「そこは我慢しとけよ!」
「我慢出来ないから怒っているんだ」
「我慢しろ!」
「嫌だ。馬鹿らしい」
「馬鹿らしいってなんだよ」
「隠す事は仕方ないが、嘘まで吐く必要性が無いだけだ。何故俺の気持ちをわざわざ偽らねばならん」
「そこは時と場合と相手で臨機応変に対処しろって」
「難しい事を言うな。そんなモノに合わせた所で気持ちに変化があるわけなどない」

 あー…ああ言えばこう言う。何とかならないのか、この堅物。





「いつ、何処で、何をしていたって、銀時への気持ちは変わらない」



 って……俺、今、すげえ告白受けてんのな……。

 いや、まあ俺だってこんな性格だし、ヅラだって無駄なことはいくらでも喋るが、甘い言葉なんか、最近言った記憶も聞いた覚えもない。

 やっぱ直接本人に言われると、クルな。




「……ヅラ」

「何だ?」

「……悪かった」

「……………」

「だから、怒んなって」


 顔を覗き込むと、少し目を潤ませて………。

 ああ、もう。


 俺がお前に対して、許容範囲なんかねえんだから、俺の器、どうせお前がぎっしり詰まってて、余裕なんかねえんだから、解ってんだろ、そんくらい。


「解って居るが、やはりお前の口から言われると傷つく」

「だから、俺の事信じてなさいって」

「……………」


 下を向いたヅラが、微かに頷いたから……。


 愛しくなって、抱き寄せようとして………。


 気付く。




 いや、うん。

 周囲の視線が、氷点下だ。ブリザード。


 そんな視線に晒された俺は、否応なしに凍り付く。



 しまった。


 いや、ほら、ヅラがこんなんでも、俺と仲が良い奴は、真人間ってか、一部の男でも良いからって奴じゃなくて、ヅラは美人だろうと男には反応出来ねえって奴らだから………。


 ほら。


 まずったって言うか。


 風紀云々は置いても、やっぱ、男同士に偏見持つ奴だって居んだし、そんなのが部隊長とかやってて、反感買う可能性だって………。






「と、言うわけだ。今後銀時に色目を使うような輩は、まずは俺を通してからにしてもらう」




 ヅラが立ち上がった。



「銀時、ではこれから、愛を育みに行こうか?」


 いや、ちょっと何でてめえが主導権握ってんの? なんか、おかしくないか?


「今夜は寝かせるつもりはないからな、銀時」




 って、なに言ってんだ、てめえ。てめえが疲れるとさっさと意識飛ばして、寝ちまうだろうが。


「もたもたするな、たっぷり可愛がってやる」

 ヅラが俺に視線を向けて、シニカルに笑った……。







 …………………ちょい待て。






 なんか誤解招きそうな発言なんですが…。





「ちょっと、おい、ヅラ待てよ」

 頼む、なんか撤回してくれ。
 俺に降り注ぐ視線がより冷たくなってんの、気付けないほど空気読めないわけじゃない。


 いや、見たまんまだから。男らしい俺が男役で、女みたいなヅラが女役でセックスしてるっての。
 断じて逆じゃねえ。





 とか、これ、言い訳していいの?

 どうやって?





「ちょっと、ヅラ待てよっ!」



 俺は、居たたまれない空間にこれ以上居ることが耐えられなくなって……結局ヅラを追いかけた。





























終わってないようで終わる。
長いから切ろうと思ったけどきる場所見つかんなくて、一回で頑張った。うん頑張った。読み返すの嫌いなんだってば。
090818