行きつけのバーで 03












 勘定を済ませ、少し歩く。

 川沿いの道。川の流れる水音が心地良い。大して暑くもない季節だが、それでもこの音は涼しさを運ぶように思う。
 街灯すらないが、空は満月が輝いていた。足元に、不便は無い。
 さすがに時間も時間だ。誰も居ない。

 先ほどまで、時間を忘れて話を続けていたのに、今は……話題が見つからない。別に銀時とならばどんな話題であっても構わないが、隣で並んで歩いている、その事だけでも俺はとても居心地良く感じていた。
 昔から、お前の隣には、ずっと俺が居た。
 これが、今までは当たり前の距離だった。


「銀時? お前の家はこっちだろう?」


 万屋に帰るのであれば、曲がるはずの道だ。俺の少し前を歩く銀時が、酔って、自分の家の場所すら忘れたのかと思った。


「酔い醒ましに歩きてえ。少し付き合えよ」
「それは構わないが」


 俺は、銀時に付き合って、いつもよりだいぶ緩めた歩調で歩いた。今日は特に、離れがたいと感じていたから、とてもゆっくり。
 今日は、楽しかった。まだ、離れたくないと思っている自分を自覚する。

 こうやって、また銀時と同じ時間を共有することが出来た。
 もう、会わないと……二度と会えないと思っていた。そうやって生きていく覚悟もあったのに……。すぐ近い場所で、体温すら感じられるような距離で、お前は笑っていた。


「銀時、俺はここで帰るが……」

 先ほどまで、饒舌になっていた銀時は、さっきから黙ったままだ。俺が話を持ちかけても、大して続きもせずに終わる。
 もしかしたら気分が悪くなったのだろうか。だとしたら万屋まで連れて行った方が良いだろうが。銀時は、あまり酒に強い方ではないから、少し不安だ。

 足取りだけ見れば、千鳥足になって居るわけでもなかったので、大丈夫だろう。正気も残っているのは解っている。受け答えもまともだ。


 そう、判断した所で、銀時が立ち止まった。


「……お前さ、本気でわかんねえの?」
「何がだ?」

 銀時の厚意に気付いて居なかったが……それも、お前が幼馴染みを気遣ってくれていた事だから、今更ながら感謝をしている。それは伝えたはずだ。


 銀時は下を向いて舌打ちした。







「俺、お前に、惚れてた」





「…………」





「ずっとさ」




「………」



「好きだった」









「………それは、気付かなかったな」

 ………それは、気付かなかった。



 まさか、銀時が俺と同じように………。



「ったく、豆鉄砲食らったような顔しやがって……」
「寝耳に水だからな」

「まあ、昔は、言ったってお前の重荷になるとか、色々考えてたんだよ」


「……………そうか」


「同情されたって嫌だし。うっかり気持ちが通じ合っても、罷り間違って、俺が死んだらとか………」
「…………」
「そんな事ばっか、考えてたら怖くなって、結局言えなかったけどさ」





 同じ、事を思っていたのか。




 ずっと、同じものを見て同じように感じ、常に共にあった。

 ただ一つ、俺の銀時への想いの強さだけ、重ならなかった。そう、思っていた。





 重なって……居たのか。




 でも、もう遅い。



 昔の話なんだ。
 俺とお前は、もう違うものになった。昔ではない。


 銀時がしているのは昔話だ。





「銀時………」


「何だよ」


「有り難う」


「………………」




 でも、もう俺とお前は重ならない。常に一つであると錯覚していた。
 だが、お前は別の道を歩いている。


 それでも、俺の心はお前の元にある。忘れたいと願ったが、無理だった。
 だから、諦めた。銀時への気持ちが枯渇するのを待つ事を諦めた。


 この気持ちを抱えたまま、一生歩くと誓った。

 それでいい。
 不思議と、それが俺に一番似合う気がしていたんだ。



「今でも、さ………今だから……」



「銀時?」
「昔と違って、もっと余裕あんだけど」

「そうだな」
「昔と違って、お前遺して死ぬ事もねえと思うし……」

「銀時?」
「ああっ! もう、だからっ!」

 さっきから、要領を得ない言い方ばかりだ。酔いすぎたのだろうか。
 舌打ちしながら、苛立つような声を上げた銀時が、何が言いたいのか、さっぱりわからない。


「銀と………」



 唐突に………。


 銀時の体温に包まれた。


 抱き締め、られた。



 強い、力で……。



「だから、お前が好きなんだって! 今でも」


 肩に押し付けられるように、銀時の顔が頬に触れた。

「…………銀時」


「好きなんだよ。どうしようもないくらい惚れてんだって。忘れらんねえし、忘れらんねえなら、このままでいいって思ってたら、また俺の前に現れるし……」


 気持ちが、今でも、銀時と同じだと、そう……。


「結局やっぱ、俺お前が好きなんだって再確認しちまうし」

「………銀時」



 とても、泣きたいような。




「銀時、だか、俺とお前とは、もう違う……」

 違うんだ。別の存在なんだ。
 ずっと、共に歩んできた。
 全てを共有していると思っていた。魂すら同じ形をしているのだと信じていた。そして、きっとそれは錯覚ではなかった。

 でも、もう遅い。
 これはただの昔話でしかない。
 もう、俺とお前の道が重ならない。




「馬ァ鹿」

「何だ?」

「だから、だよ。違っていいじゃねえか。同じ事してなくても、同じ見方ができなくても、だからこうやって抱き締められるし、だからお前が在ること、もっと意識できる」


「……」
「なあ、いい加減、俺のものになってよ」
「銀時………」


「そろそろ、いいんじゃねえ? もう待ちたくねえ」




 …………待つ?



「いつ、から?」




 まさか、気付かれて……。


 全身が、硬直した。
 隠していたはずなのに。

 気付かれて、居るはずがないと思っていた。


「だって、ずっとお前俺の事ばっか見てるし。解るって、普通」

「……」

「俺だって、ずっとお前の事見てたんだし」

「………」

「だから、いい加減に俺のものになって」





 どう言ったものか……何を言っていいのか……。



「………銀時…」

 お前が好きだと? ずっと俺はお前を見ていたと……。


 今更……? 気付かれていたのに? 昔から?


 どう……言葉に。して良いのか。




 一番妥当性を持つ感情を言語化するのであれば、悔しいと……たぶん、それが一番近いだろう。
 ずっと、俺の気持ちを知っていたんだ、こいつは。







 悔しいので。俺は、銀時の背に腕を回す事で、返事とした。




















090608
甘ーいっ! 銀桂の癖に甘い話が書けたよ!
てか、この話、続き書く余地あるな……余裕あったら書いてみよー。