お前を好きだと……その感情はただの錯覚だと思っていた。
命を預けて、心も身体も瀬戸際で生きている毎日だった。背を、命を預けてあるのだ。過度の信頼は、執着に変わり、恋だと錯覚したのだろう。
もし、錯覚であれば、いつか元に戻る。
銀時のせいで心が揺らぐことなど、いつかはなくなる。
そう、ずっと信じていた。
「戦ってる時のお前さ、綺麗だったよな……狂乱の貴公子とか呼ばれててよ」
「………そうか?」
存在感で圧倒していたのは、誰よりも銀時だった。
「戦場で血みどろで、泥まみれで、その中でてめえ一人で綺麗な戦い方しやがってさ」
「……そんな風に見られていたのなら、不本意だが」
命のやり取りに品格など必要ない。
汚い手段を使おうと、死んだ者の血を浴びて汚れていても、生きてさえ居れば、それが正しかった。
「綺麗だったよ。てめえ自分じゃ見られないからそんな事言うだけだって」
「綺麗? そんな戦い方をした覚えはないのだがな」
「だからさ、なんつーか、身のこなしとか。道場で覚えた型通りなのに、隙がないってか……動き方がさ、あんな場所にあって、お前だけ一人で舞いでも踊ってるように見えてた」
「そんな悠長な事をしていたつもりはないが」
「うん、綺麗だった」
戦においては、あまり褒められているような表現ではないのだが……。
それでも、銀時が俺を思い出しているその表情は、嫌悪など一分も見られず、柔らかな笑みを浮かべていたので……きっと銀時なりの称え方なのだろう。
誉められるのは、悪い気がしないが……そんな風に見られて居たのか。
そんな顔をされるのであっては、悪い気はしないが……何年目の事実だ? 俺を、綺麗などと思うことがあったなんて……。
銀時を綺麗だとの表現をした事はないが……俺にとっては白い鬼が、あの戦場で、何よりも強い光だった。
戦場で、何もかもが瀬戸際に有った。だからだと、思っていた。
だから、銀時に惚れていた。
強く、お前に心を縛られていた。
だから、銀時が俺達から離れ……それは、ただ枯れていく感情だと思っていた。
お前が、出て行って……。
寂寥を覚えたのは事実だが、俺が俺達の志に忠義する為に、それは不要な感傷であり、いつか風化する感情なのであれば、その方が有り難いと思っていたが……。
それでも、お前への気持ちは、薄まることなどなかった。
積もるばかり。
居ない相手に……生きているかすらも解らない、離別した相手に……忘れる事も枯れることも薄まることもなく……ただずっと俺は……。
ずっと、銀時を想っていた。
そばに居なくても、ずっと想っていた。
そして、江戸で再会し、錯覚ではないと気付いた。だが、気付いた所でどうにもならない。
今更。
銀時は、もう違う存在だ。俺と道を重ねることも、もうない。
それでも………お前が、今でも………
そんな、気持ちは封をしていれば済む。日常に埋没させてしまえば良い。
幼馴染み、同じ師の元で学んだ、戦友、俺と銀時を繋がりは、いくつもの上げられるのだから、それだけでも十分だ。それ以上など望む必要もない。
「別に、俺だけじゃねえよ。お前の事綺麗だって思ってたの」
「俺はそんな評価だったのか?」
「気づいてなかったと思うけどさ、お前、すげえ人気あったのよ」
「は?」
確かに、俺達の志を全うするための行為が犯罪となるこのご時世であっても、俺を慕って着いてきてくれる同志達は大勢居る。
「そうか、在り難いことだ」
「そうじゃなくてさ。ほら、男所帯でさ、お前、なまじっか美人だから、モテまくってたし」
……美人って……何だそれは? 確かに心より尊敬する師が髪が長かったせいもあり……まあ、自分で気に入っている為だが……髪が長いからか、女に間違われた事もあるが……女が居ない為に、後ろ姿で勘違いされ、強姦されそうになった事も何度かあるが。当然返り討ちにしてやったが。
女の居ない、あの場所で、他の男よりも体躯が細いせいで、そういう欲求の対象に見られたことも何度かある。
だから、今銀時が言う意味は解っている。
俺ですら、銀時を愛しく思った。
ただの錯覚だと思い込んだが、どうやらこの年月変わらずに銀時が愛しいとなると、どうやら俺は本気らしい。もしかすると、あの場所では、それも正しい感情だったのかもしれない。
「お前にそう思われていたなんてな」
銀時から、その評価を受けたのは初めてだ。銀時からの賛辞であれば、心地よい。
「お前、中学生並みのガチガチじゃん。気づいてなかったと思うけど、結構大変だったんだぜ、俺」
「……………何がだ?」
「そりゃ、てめえに惚れてる奴に睨み効かせて黙らせたりすんのだって」
確かに、仲間だと信頼していた相手から、惚れていると告げられた事は何度かあった。その度に精神的にも疲労は蓄積していったが、それは俺の事であって……何故銀時が、俺の事に大変だったのだろうか?
「告白されりゃ、お前悩むだろうが」
「……まあ」
相手の気持ちを汲んでも、勿論、受け入れる事などできなかった。
志に曇りが出てくるし、それ以前に、俺は銀時が常に心にあったから。
男同士だとか、そう言った常識論を持ち出せるはずは無かった。俺ですら、銀時が愛しかった。
「そうだったのか……有り難う」
俺を煩わせまいと……そう思ってくれていたのだとすると……感謝せねばなるまい。
「まあ、言い訳だけどね」
「……?」
「お前、ガチガチだから、ちっとも俺の事気付かねえし」
「何がだ?」
何を、だろう?
俺が誰よりも長い時間、銀時の近い場所に居た。誰よりも銀時を理解できていた。その自負があった。それはただの錯覚だったのだろうか。
今ですら、素直な気持ちを言動に直結したがらない銀時の癖も把握できるほどには、銀時を理解しているつもりなのだが……。
互いに、一番近しい理解しあえる存在としていたと……それが、違っていたのならば……ただの俺の自意識過剰だったと言うことか。
「こんだけ言っても気付かねえし……」
「…………」
昔から、相手の私意を汲み取る事は苦手だ。
言いたいことがあるなら言えばいい。俺は銀時への心を言いたくないから言わない。それだけだ。
「銀時、謎解きは苦手なんだが」
「だから! 気に入らなかったんだよ、お前に惚れてた奴が」
「……そうなのか」
確かに、そうかもしれない。
銀時への気持ちに気付く前、まだ攘夷に加担する前に、銀時が町の少女と仲良くなったことがあった。
銀時が、その少女に奪われたような気がして、寂しいと感じた。ただの稚拙な独占欲でしかないが。
だから、俺と誰かとが仲良くなったら、銀時も寂しいと感じたのだろう。
そう、思うと……少し嬉しい。
「……まあ、助かった」
お前が、幼馴染みとして俺を理解して、気遣ってくれていた事は、素直に嬉しかった。
「………………」
「銀時?」
「……出るぞ」
「? ああ」
もう、遅い時間だ。オヤジもそろそろ店を畳みたい頃だろう。
一時は満員だった席も、気が付けば誰も居なかった。
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090606
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