久しぶりだから、酒も弾んでしまった。
銀時とこうやって酒を飲むのは、実に何年ぶりだろうか。
再会してからは、初めてだ。
話も弾み、酒も進み、俺もだいぶ酔った。
こんな場所で深酒する羽目になるとは思わなかったが……。
屋台の焼き鳥屋。
ここの親父とは馴染みだ。昔は、志を同じく天人と戦ったこともあるそうだ。俺の正体を知っても、知らぬフリをしてくれる。時々は情報も提供してくれる。
銀時もこの江戸の町では無駄に顔が広いせいで、馴染みの屋台だ。
から、か……安心していたせいもある。
俺も、気分が良くなる程度には、飲んだ。もともと、それほど好んで酒を嗜む方ではないが、腎臓は強い方だと思う。二升ぐらいは、濾過できるくらいには自分の臓器に信用を置いている。
そして、酒に大して強くもない銀時が、その俺に合わせて飲んでいるのだから……。
銀時は、昔からあまり強くない割りに、酒を好んだ。次の日に、まるで地獄に連れて行かれるような顔色で、二度と酒は飲まないと神仏に誓うくせに、一週間以内にその誓いを裏切る。
この様子じゃ、明日の銀時は使い物にはならないだろう。仕事が有るのかはわからないが。
ぐったりとカウンターに突っ伏して、顔をこちらに向けてふやけた表情で。
「覚えてる? お前、初陣した時」
「……ああ」
なかなか、俺達は昔の話はしない。特にあの頃の話は、あまり話題に乗せない。銀時も今を保守するために、過去を決別した。俺にも懐かしむ余裕などはないし、それに共に郷愁できる相手も銀時くらいだ。
「あん時、お前さガチガチに震えててさ、今じゃ想像できねえよな」
「……ああ、そうだな」
俺は、初めて戦場に立った時を、脳裏に蘇らせる。
初陣では、初めて天人を殺した銀時が正気を飛ばした。
退却だと言う声も聞こえなくなっていた銀時は、致命傷を負って放っておけば死ぬだろう天人を何度も刺していた。
俺は銀時を引きずって陣営に戻った。
その時、俺も初めて刀で斬り殺したから、俺も震えていた事を覚えている。
そして、戦での銀時の闘神のような荒々しさにも畏怖した。そんなことを覚えている。
「しばらく、お前正気吹っ飛ばすしさ……大変だったよ」
苦笑交じりに、銀時が話す。
「ちょっと待て、お前の台詞と俺の記憶と矛盾しているぞ。正気無くしたのはお前だろう?」
俺自身の事はそれほど覚えていないが……。
あの時は敵陣営の食糧庫を潰す、という任務だった。戦力にも余裕があったし、過度の期待を掛けられていたわけではなかったが。
ただ「敵の食料庫を潰す」、それだけの作戦で、部隊を壊滅させたのは銀時だったはずだ。
普段は淡い色合いの瞳を、血を写したような赤に染め、返り血を浴び、敵を斬る事以外、全てを忘れてしまっていたのは、銀時の方だったはずだ。
それから直ぐに銀時は白夜叉と呼ばれたのだから。
「てめえが意識ぶっ飛ばして、退却の命令も聞こえなくなって、大変だったんだから。お前引きずって戻って来んの。拠点に戻っても、なかなか正気に帰って来ねえし」
「いや、待て。それは初陣の時ではないはずだ」
俺もそんな状態になった事は、何度かあったはずだ。だがそれは初陣の時ではない。初陣からすぐに、だったかもしれないが、初めての戦場では、俺は銀時に圧倒されてしまった。それを覚えている。
「いんや、初陣の時だって」
「その時はお前がすっ飛ばしてたろう?」
俺の記憶力は、悪くない方だが……。
「てめえはお勉強やら戦術とかに使えそうな事は記憶力良いけど、思い出的な昔の事は忘れんだよな…」
「……それはお前だろう? 都合の悪い事は忘れる」
「そりゃ俺だって、忘れたふりぐらいする時もありますって。でも初陣の記憶は俺が正確。都合の悪い事は忘れる都合のいい頭してんの、てめえだろうが」
「いや、さすがに俺だって覚えている」
「でも正気ぶっ飛ばしてたのヅラの方だって」
埒があかない。これだから酔っ払いは……。
今更どちらでも良いことではあるが、どちらが正しく、どちらが記憶力が優れているかのプライドが発生するため、しばらく言い合いになるが。
「懐かしいな……」
結局、どちらでもいい。俺達には、よく、あった事だ。
銀時も俺も、周囲を認識出来なくなり、敵を斬り殺す事以外忘れる。
あの時に解るのは、背中にある銀時の存在ぐらいだった。それ以外、現実味を帯びない、不思議な高揚感に包まれた。痛みなども感知せず、思考も吹き飛ばし、ただ、敵を見据える。
背中に時々当たる、銀時の背だけ、唯一在ったものだった。
「ああ、懐かしいな」
銀時は、猪口の飲み口を指先でなぞった。それを見ながら、俺も酒を煽る。
背には、常に銀時が在った。力量が均しい者が背中合わせに陣とするのが戦いやすかったが、本当はそれだけだが……俺の背中にはいつも銀時がいた。
もし、俺と銀時とに、戦力の差があれば、俺達は背を任せていなかったに違いない。命を預けるのだ。昔馴染みだと言え、足手纏いになるような相手は背中に不要だった。どちらかが不釣合いであったならば、俺達は常に共に居なかっただろう。
だから、俺はいつも銀時を見ていた。
一番近い場所で銀時を見ていた。
……銀時は戦場で、白く光るように思えた。
覇気を纏い、人として在るより、さながら鬼のようだった。
白夜叉との字を、俺はとても気に入って居たんだ。本当に、鬼のようだった。その圧倒的な強さと存在感は、人ではなく「鬼」だった。
言った事はないが、お前の存在が、常に俺を奮わせていた。
背中にお前が在るのが、自分の命に対しての信頼だった。死に対する恐怖は、銀時の存在によって高揚感、に置換できた。
何よりも、信じていた。自分の見据える視線の先と同じ重さで、お前を信じていた。
俺は、銀時の背に自分の全てを預けていた。
そして……銀時も俺に全てを預けていた。
信頼。
きっと、その言葉が妥当なのだろうが。
重度の緊張と重圧と不安からか、俺はその頃、銀時に「恋」をしてしまった。
この言い知れぬ、独占欲と執着は、恋と同じ感情だと思った。
でも、戦乱に身を置く以前からずっと、銀時と俺は、共に在ったのだから、今更、何故、と。
だから、その感情に気付いた時には、俺の頭が、戦争でおかしくなってしまったのだと、そう、思い込んだ。
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090601
これ書いてて、500文字ごとに、ヅラが暴走してギャグ路線に走ろうとするのを抑えるのが、まず大変だった。
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