赤い……赤い夕陽が、世界中に血の色を撒き散らす。
海面を赤く染め上げ、それでも美しいと感じさせる、赤い色。
この時間は、一番嫌いだ。嫌なことばかり思う。変なことばっか思い出す。
俺達のいた部隊は、無事に逃げられたか……どんだけ生き延びた? 結局何人死んだ?
考え出したら、キリがない。考えたってどうしようもないのに、どうしたってそればっか考える。
嫌なことは考えたくもないのに。
「大丈夫か、銀時」
浴びた帰り血を、海水で流していたヅラが俺に言った。
波が、高くなってきている。繰り返す波の音を聞きながら、赤く染まった海を見る。今、お前が洗い流した血で、赤く染まってんじゃない事ぐらいわかってるのに。気分が滅入る。
敗退。
負け戦ほど嫌なことはねえ。
仲間がほとんど居なくなってた事に気付いたのは、ヅラだった。
『撤退だっ! 撤退!』
ヅラの叫び声が……まだ耳の奥で響いている。
意識飛ばして、無我夢中で敵を斬り捨てていた俺は、その声で正気に戻った……。
致命傷も無かったし、縫うほどの怪我もしなかったけど、身体中血塗れで、俺のだか敵のだかわからない体液で泥々だった……。血で固まって、握った剣が、手から離れなかった。
ヅラが先導して、仲間を逃がし、俺と二人で退路を護りながら、殿を務めた。
無事に逃げられただろうか……ちゃんと生き延びてんのかな、あいつら。
丸一日、囮をしながら、追っ手を完全に振り切って、ようやくたどり着いた砂浜で、血を洗い流す。
海水だから、さっぱりするわけじゃねえが、それでも、血塗れよりはいい。血の臭いより、潮の匂いの方がまだいい。
さらさらして、手触りのいいヅラの髪が、固まっていた。指摘すると、ヅラも苦笑しながら、俺の髪が赤く斑だと教えてくれた。
「大丈夫か?」
「お前は?」
浜辺に腰を下ろして、夕陽を見る。
赤い。
戦で見ていた色とおんなじだ。
赤い波音がする。
この時間は、嫌いなんだ。
誰が、死んだ?
誰が居なくなった?
俺は、まだ生きている? 本当に?
ずっと、俺と二人でいるコイツが、今何を考えているのか、わからねえ。
でも、わかる。
一番、近い場所にいた。ずっと一番近い所に居た……一番長い間、俺達の時間を共有している。
「………あいつ、死んだな」
「……ああ」
俺の思う相手と、ヅラの思う相手が同じかは解らない。
でも、あいつ……死んだ。
「強かったのに……」
試合で、俺もヅラも勝てた事が無いような、強い奴が死んだ。俺達の見てる前で、首を切られて、赤い鮮血を噴き出して、倒れていった。時間の流れ方が、やけに長かった。俺もヅラも、あの人の血を頭から浴びた。それをさっき洗い流した。
怖くなった。
「銀時………泣くなよ」
「………泣かねえ」
怖くなった。
あいつが死んだ。
強さなんか関係ねえ。運が悪けりゃ死ぬんだ。弱くても死ぬんだ。
もし……俺が、いつか……。
もし、お前が……。
「銀時……」
ヅラが、少し場所を移動した。
俺の、近くに……。
少し、触れ合う場所。距離。 近付かなくても、お前の鼓動がわかった。生きてるのが解った。それだけで良い。
まだ、お前が近くにいる。
まだ……いつまで?
いつまでお前は、こうやって………。
俺の気持ちなんか、どうせ伝わってる。
お前の気持ちだって知ってる。
ヅラの、手を握った。
どこでもいいから、掴んでいたかった。服の端っこでもいいけど、できればどこか、お前の本体、離れないように、戦いで、刀握る強さで、掴んで、少しも離したくなかった。
ヅラが、同じ強さで握り返してきた。
同じ、なんだ。
全部、同じなんだ、俺達は。
見た目だって性格だって違うけど、重なった部分は一ミリもずれちゃねえ。
だから……言えない。
俺達が、俺達……一つの命でない限り、言っちゃいけない。
確認しちゃいけねえ。
知ってるけど。
お前が俺を見る視線の強さを理解している。
同じ温度で、俺はお前を見る。
知ってる。
だから……言えない。
俺が、死なないって保証、ねえだろ?
お前の命が、俺の背中に有り続ける保証、誰がしてくれんの?
確認なんか、したら……お前が俺のだって、そんな約束したら……。
もし………
俺が死んだら、その心を持ったまま、お前が生きてくの、思うだけで潰れそうになる。
お前が死んだら、俺は、きっとその場で潰れちまう。
心臓が、潰れるんだ。考えるだけで、お前の存在が、魂が、俺から離れてくの想像するだけで、全身に震えが走る。
怖い。
お前が、今生きていることが怖い。
いつ? いつまでも? ずっと?
どうせ……
お前が死ぬのが怖くて、がむしゃらにお前の事守って、
いつか死ぬなら先がいい。
お前が居ない絶望なら、身体斬り刻まれて死んだ方が痛くない。
痛いほど、繋いだ手を握って、握られて……。
好きだって……。
そんなんじゃない。
そんな半端じゃない。
命と同義なんだ、俺の全部を預けてある。
お前が……。
口から、滑り出しそうに、なる。
お前が好きなんだよ。
何もかも、全部、俺のだって……俺の全部をお前にやるから、お前を全部ちょうだい。
言いたくなる。
言ったら、駄目だ。
そんな事、確認したら駄目だ。
もし、俺が死んだら……お前が居なくなったら……。
だったら、知らないふりしてようぜ? 確認なんかしない方が良い。心を残して逝きたくない。
「銀時……」
「………あ?」
「夕陽だな」
綺麗だ、とは言わなかった。
綺麗だと思う。水平線までギラギラと赤が染め上げて、輝く。
赤は血の色を連想させるんだ。死を、連想する。
俺が、居なくならないって、お前が居なくならないって、誰が保証してくれんの? 神様? その人、どこに居んの?
「……銀時」
ヅラの手が、震えていたのを感じた。
「銀時……俺は」
ふと、ヅラの顔を見たら、虚ろな瞳で、夕陽を凝視していた。
戦いで、正気吹っ飛ばして、ただ敵を斬り裂いている時の顔だった。ヅラが狂乱の貴公子だとか呼ばれてる時の顔……。
俺も、そうなるから、わかる。
「……」
お前の気持ちは、知ってる。
俺の気持ちだって知ってんだろ?
何年一緒に居たと思ってんの?
「……銀時、俺は……お前が」
虚ろな瞳で……。
「ヅラ……」
俺は、繋いでいた手を離した。
その手の甲で、ヅラの頬を叩く。
「……銀時」
ふと、正気付いた顔。
……吹っ飛ばしやがって。
俺も、限界が近いから解る。抑えきれねえぐらいの、気持ち抱えてんのはお互い様だ。
「俺が……言いたいこと、解るよな?」
そう、言うとヅラは顔を上げた。
もう、いつもの顔に戻っていた。
「……すまない」
言い訳を、させる気もねえ。
「………ヅラ、そろそろ行こうぜ。こんな場所じゃ、見つかる」
聞きたくなかった。
知ってんだよ、どうせ。
同じもん、同じ重さで、強さで、抱え込んでんの、知ってんだ。
だから……。
言わない。
聞かない。
それが、俺達の暗黙の了解だ。
だって、お前に想いを遺して逝けない。
「銀時」
「あ?」
「………」
ヅラは、苦しそうに笑った。
090524
銀さんと桂が、あまりにもラブ過ぎて、感極まって言葉出なくなった。のを無理矢理書いたらこうなった。だから意味不明は仕方ない。
銀さんと桂は、ラブ過ぎるから、仕方ない。
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