07








 そして、今……我が志と同じくするらしいオッサンの元……に至る。
















 二階に上がろうとすると、厳つい男が俺の行く手をふさいだ。

 今俺について来ている同士くらいのコワモテだ。見た目からすると、なかなか強そうだが、俺には敵わないだろう。
 こういった体格で威圧するような奴は投げ技が効果的だ。自信を持った奴の鼻っ面をへし折った時の快感は言い尽くせない。
 今俺の横にいる同士も体格は巨漢の部類に入るが、実際は算盤が得意で、剣の腕も悪くはないがそこそこで、虫すら殺すのを厭がるような心根の優しい奴だ。
 普段こういう類いの会合についてきてもらう同士は身軽な腕の立つ奴だが、今日はこの算盤方の同士が俺について来た。まあ、今回は危険はないようだし、先程真選組もちゃんと屯所へ向かっていたようだし。だから今回の会合の共にはこの会計の巨漢であっても問題はないのだが。

 なぜ、今日に限ってコイツが付いてきているのかを考えると、俺の監視の意味を込め居るのだろう。

 また俺が断るのだろうとの危惧があるのか。まさしくその通りだ、申し訳ない。いや、まだ解らんが。多少のことであれば我慢はできる。

 本日のお相手次第だ。心意気のある人物であれば評価する。
 現在の我が党の経済的な現状では、俺の我が儘でこの話を潰すわけにはいかない事くらい理解している。多少の事ならば、我慢をするつもりだ。


「桂小太郎殿以外は通すわけには」

 俺の道を塞いだ男が、俺を見下した態度でそう言い放った。


「俺が桂だ」

 どう見たって俺が桂小太郎本人に決まっているだろうが。手配書を見たことがないのだろうか。あの手配書の似顔絵はうまく描けていると思う。まあ実物の方が数段麗しいがな。


「はあ?」

 男は間の抜けた声を出した。
 ああ、そう言えば女物の着物を着ているからか。化粧もしているし。俺の変装は常に完璧だから、馬鹿では解らんのも仕方がないかもしれない。


「桂さん、預かり物があったでしょう?」
 会計係は俺の荷物を持たせていたから、ありがたい。すっかり忘れていた。
 今回のパトロン候補殿は用心深いようで、割り印を俺に渡していた。これが身分証明変わりだ。
 忘れていた。こいつが道を開けなかったら強行突破しかないと思っていたから。騒動にならないように一撃で沈めるためには鳩尾を……との労力を使わずに済んで良かった。
 俺はその男に割り印の捺された文を渡すと、何やら確認をしていた。間違いのはずがない。俺が桂小太郎本人なのだからな。
 割り印と合う奴しか通すなと言われていたのだろうが……。
 男は不承不承と言った体で、塞いでいた通路を譲ってくれた。つべこべ言わんとさっさと通せば良かったんだ。ただでさえ遅くなってしまったのに、こいつのせいで。もし退かなかったら大事だったぞ。たぶん俺がうっかりキレて……まああの程度は一撃で沈める自信あるから、そんなに大事にはならないだろうが。


 ふすまの前で一人、男が控えていた。こいつも図体のでかい奴だ。
 図体のでかい男ほど、往々にしてロマンチストだったり、趣味が切手収集だったりするものだ。
 俺達に気付いたのか、男が一瞬困惑気な視線を俺達に送った後に、立ち上がり俺達に向かい一礼をした……が、その視線は俺の後ろの同士に向けられてはいなかっただろうか……。

 会計君が先に立ち、襖を開いた。とりあえず俺が党首との立場であるのだから、人前では礼を尽くさせろと言われている。確かに襖に手をかけた瞬間に中から斬りかかられたりしても困るが、そういう場合に咄嗟に反応できるのは俺なのだから、俺が常に先頭に居たいのだが、同士達は納得しない。まあ、どちらでもいい。党首として偉そうにしていた方が、見た目カッコいい。

 わが党の経理担当者が部屋の中を確認し、異常がないかを確かめてから、俺に中に入れと促すために、俺に向かい深々と頭を下げた……時に、


 聞こえたぞ!
 貴様は今内臓吐き出すぐらいの巨大な溜め息をついただろう!
 ……俺に期待していないというのか? 確かに相手を殴ったりして会合をご破算にしたことは何度か……何度もあるが!
 また今度も、とは限らないだろう?

「今回はせめて殴らないで下さいね、桂さん」
 部屋に入る時に会計が俺に耳打ちした。
 そんなに信用されていないのか、俺は。大丈夫だ。俺だっていい大人だ。そんなに簡単に人を殴ったりなどはしない。
 やたらとベタベタ触ってきたりしない限りは殴らないようにしている!
 今回は大丈夫だ。安心させるように頷いて見たが………。
 きっと。うん。たぶん大丈夫。だと思う。
 さて、今回の金づる……後援者殿は?


 ………俺の嫌いな顔だ。狐と狸を交配させたような、人を出し抜く算段が得意そうな。
 とりあえず、へらりと笑ってみせた。
 愛想笑いは苦手なんだが、かまっ娘倶楽部で散々アゴ代と西郷殿に仕込まれた。西郷殿は無茶苦茶強いから。殴られるぐらいなら従う。金を貰うためには多少の我慢も必要なことは、アルバイトをしてみてわかった。金を稼ぐことは苦労が伴う。
 だから今回だって多少のことぐらいは我慢しようと思っている。
 遅れてしまい申し訳ないとか、俺の第一印象としては、お前をあんまり好きになれそうもなくて申し訳ないとかの気持ちで、へらりと笑って見せた。


「まったく、桂先生はいい趣味をしておいでだ」
 ………嫌味か!
 まあ、一時間近くも待たせてしまったんだ。嫌味の一つも言いたくなる気持ちは良くわかる。俺も大抵は時間にはきっちりとしている方だが、今日は色々といざこざがあったんでな。
 まあ、言い訳にしかならないだろうし、言い訳をいちいち説明する気にもならない。
 まあ、この格好のまま来てしまった事についての非礼は詫びねばならないだろう。
 何しろ、似合っているとは言っても変装をしたままだ。

「申し訳ない。着替える時間がなかったのだ」
 もしそちらに時間があるならば着替えて来るが、格好などどうでもよいだろう。
 攘夷志士に必要なのは国を変えたいという強い志と熱い魂なのだからな。

「そのままでもお綺麗ですよ」
 ざわりと鳥肌が立った。
 まずい。苦手な種類の人間だ。

「このような場にこのような出で立ちで、非礼をお詫び致したい」
 確かに俺が綺麗か綺麗じゃないかで言うなら勿論綺麗に決まっているが、男がこだわることではないだろう。しかも男の誉め言葉に使うものでもない。
 何を考えているんだ、このお金持ちは!
 いやいや、もしかしたら俺が遅刻したことに対してだいぶ御立腹で、嫌味は未だに続いているのだろうか。女々しい奴だ。

「かまいませんよ」
 ……やはり着替えて来れば良かった。おっさんの目つきが気持ち悪い。
 お前が構わなくとも俺が構う。
 やはりだいぶ怒りを買ってしまったのだろうか。
 まあ、仕方がない。
 これだけ遅刻すれば、俺ならば帰る。待っていたと言うことは、やはりいい奴なのかもしれない。

「真選組と出会した」
 これは言い訳になるかならないかはわからんが、おかげで大変な目に会ったんだ!
 少しくらいは同情されて然るべきだ。

「それで……」
 あんまり詳細は話したくないから、茶を濁した。突っ込んで聞いてくるような野暮な真似はしないだろう。

「大丈夫だ」
 まあ、あの仕事熱心なおまわりさんがこんな所まで乗り込んでくるとは思えんし。大丈夫だろう。たぶん。こんな所を嗅ぎ付けられたら厄介だしな。

 男が手を差し出してきた。
 ああ、そう言えば握手の一つも交わしていなかったな。何度か手紙を交わしたが、会うのは初めてだからな。
 がしっと握ると、じっとりと汗ばんでいて気持ちは良くなかった。あとで洗おう。


「名は?」
 ………名を、訊かれた。のは、一体どういう意味だ? もしや、こいつは俺の名前を忘れているんじゃないのか?
 何て失礼な奴だ! 俺だって貴様の名前くらい朝ちゃんと手紙を確認してきた! 失礼な奴でないとしたら、馬鹿な奴なのか?

「桂だ」
 こいつの名前は………越後のちりめん問屋の印籠を度々ふりかざす旅のご隠居のジイサンの名前に似ていた気がする。三河屋さんだったけ?

「桂田?」
 聞いたら思い出すぐらいのことは出来ないのか?
 どうやらお金を作り出す才能はあっても色々と足りない男らしい。

「桂、だ」
 俺はそれなりに有名人なはずなのだが……この男は何を思って俺に会いたいなどと言ったのだろう。

「桂先生は結婚していらしたのか」
「いや、結婚などしておらんが」
 この男の思考回路が読めん。何故いきなりプライベートの話題になるんだ? 俺もよく思考回路が読めないと言われるが、その俺ですら不可解だと思うのだから、この男はよっぽどなのだろう。
 銀時とは確かに入籍予定ではあるが。だからと言って別に婚約指輪も結納も交わしてなどおらんからな。見たくらいじゃわからんだろうが。
 指輪……そろそろ指輪なんかを送ってもいい時期だぞ、銀時!
 とすれば、結婚したことにしておいても良いのか? もう以心伝心一心同体のようなものだから。
 にしても、さっさと離してくれないだろうか、手を。気持ち悪いんだが。なんか親指が手の甲で動いていて気持ち悪いんですけど。
 どうやって振りほどいたものかと………。

 急に、男が俺を引っ張った。
 …………何だ?
 一体何だっ!?
 硬直。
 何で俺はこんなオッサンのムネ肉に顔を埋めねばならんのだ? まだスキンシップをはかるような仲ではないはずだ。
 銀時とは当然だが、俺の回りには矢鱈とスキンシップをしたがる奴が多かったからな。
 坂本といい、高杉といい……。坂本は初めは失敬な事に俺を女と間違えて、女は襲わねば失礼に当たるとかいう迷惑千万な持論振りかざして抱きついてきたし。俺にバベルの塔が勃つ事がわかってからも、態度を変えんし。銀時がいない時は大抵俺の膝には高杉の頭があったし。高杉、アイツは昔から俺に甘えすぎなんだ。
 そんな奴等が周りにいたせいか、スキンシップはけっこう馴れてはいるが、まだそれほど仲は良くないはずだろう、オッサン!
 こーゆーことするなら銀時かエリザベスと決めているんだ。
 硬直。
 殴りたいっ!
 いや、我慢だ。まだ我慢だ!
 数度の文のやり取りで、俺がこの男の中では親友にまで上りつめているだけなのかもしれん。今まで友達がいなかった可哀想な奴なのかもしれんからな。
 にしたって……。
 銀時以外では綺麗な奥方ならいざ知らず、オッサンに抱き締められても嬉しくないんだが。

「貴様、何をする気だ……」
 だが、それにしたって。いくらコイツに友達がいなくとも、別に俺がお前の相手をしてやる義理なんかまだ無いのだし……。


「桂先生のご期待には添いますよ」
 ……期待? 一体何の期待だ? 俺がお前に期待していることは、常識だけだ。
 普通初対面でこんなに馴れ馴れしいスキンシップはしないだろう? いや別にいい大人なのだから、こんなことをされてもいきなり殴ったりはしないが。

 確かに昔は殴っていたが。

 昔は戦の時は男同士の大所帯の大部屋に雑魚寝で、布団があれば有難いぐらいの時は、寝惚けた馬鹿が襲いかかって来たりして、あの頃は容赦なく殴らせていただいていた。俺の髪だけ見た馬鹿が俺を女と勘違いしたのだろう。
 高杉もよく寝ぼけて俺に抱きついていたから……寝ぼけると人はああいう行動に出るのだろう。忌々しいが、その手が使えると悟ったので俺も寝惚けたふりして銀時の布団に潜り込んだことは何度かあるが。まるで酔っ払いだ。
 昔は腹が立てば人は殴って良いものだと思っていたが。
 俺も丸くなったものだ。

「こんなことを期待したつもりはないのだが」
 期待したのはただ単に、このオッサンが常識のある、魂の熱い、俺のやり方を理解してくれる人間であることだけだ。
 それで俺達の活動を支援してくれたりしたらいいなあとか……そう言うお約束を取り付ければ党首としての俺の株も上がるのだし。

「ああ、貴女ではなく、貴女の党首である桂先生のことですよ」
「言っている意味がさっぱりわからん」
 何を言いたいんだ! こいつからは、俺と意志疎通をはかろうとする意欲が感じられない!
 いや、だから俺の意にそぐわないことはしないのだろう?
 俺、思い切り嫌がっているのだが。さすがに解るだろうが……それすらも解らないのか?

 それに、俺じゃない俺って一体誰のことだ? 意味がまるでわからん。意思の疎通が図れない。

 人間は地球上で唯一言葉でコミュニケーションをとる動物だ。その大切な意思伝達手段がまともに操れないようでは、このオッサン、ろくな人間ではないな、きっと。
 いきなりこんな事してくる所からして、危ない種類の人間ぽいし。



 殴っても、いいかな。



「貴女を気持ちよくして差し上げますよ」
 気持ち良く?
 いや、今が最高に絶頂に気持ち悪い!


「……ちょっと待て」
 懐に手を突っ込まれて慌てた!
 何をしでかすつもりだろう。
 何のチェックだ?

 今そこにはんまい棒が二本。煙幕利用できる殺傷能力の低いもの。
 こういう場所は刀を取り上げられてしまうから、心許ないが、俺の武器チェックか? いつもの服であれば、俺の装備を自慢することが出来たのだが……女性は細い方がいいと誰が決めたのだか。おかげでかなり厳選しなければならない。いつもは羽織の下にアレコレと仕込んでいるのだが今日はフル装備ではない。

 まあ、俺だってこの男の人物像を把握するために躍起になっているんだ。この男も俺がお金を支払って良いかを確かめる権利と義務は有るだろうが。

 ……試されているのか、俺は?

「何の真似だ……」
 試されているのはわかる。だが……それにしたって……気持ちが悪い触り方をする奴だ。ここで俺が耐えるかどうかを見ているのか? 短気な人間は駄目だからな。常に俺のようにおおらかで懐の広い人間でなくてはならない。

 が、気持ち悪い!

 あー、もう、誰か助けてくれ。
 銀時! こんな時に颯爽と現れて俺を助けてくれたら惚れ直すぞ!
 助けに来てくれたならアンナコトやコンナコトやソンナコトまでシテやるから助けに来い!
 この際高杉でも坂本でもいい! 助けてくれ!
 気持ち悪い限界だ!

 殴らせろ! 誰か許可をっ!

 いやいや、俺の党首としてのプライドが……お金を作らないと、こんなことくらい耐えられないでどうする? 切り刻まれてるわけではないのだ。触られているだけだ。この男の気が済むまで放っておけばいつか納得するだろう。


「ずいぶんと、痩せているな」
 カチン、と、きた。さすがに。

「何だ貴様は、勝手に人の懐に手を突っ込んで、不躾な!」
 失敬にもほどがあるだろう? 確かに俺はチビの高杉よりガタイは良くないわ! 筋肉だってろくにつかないし。胸板は無い事くらい自覚しているわ! だからって初対面でそんなことを言われる謂われはないっ!
 一体、体格がどうした! そんなモノにどれ程の価値があると言うのだ!
 銀時だって大して立派で厳つい体格をしているわけではないが、アイツは強いんだぞ! 俺より強いんだ!

 それに、おかげでこの機動力を手に入れたんだ。俺のスピードについてこれる奴はキレた時の銀時くらいだ。俺がキレて理性の邪魔がない時は誰にも負けない。


「もう少し胸が大きい方が私の好みだと、桂先生に伝えておいてくれませんか?」
 確かに胸板は厚くない。悪かったな!
 確かにしっかりした体格であるならば、俺はもっと強かっただろうが……でも、銀時とほぼ互角だぞ! 高杉には負けないぞ! 坂本には攻撃に当たらない限りは勝てる。

 俺はすでに凄く強いんだ! 胸の厚さがどうだと言うんだ! 確かに筋肉があまり無いのは認めるが、体脂肪率からすると、俺の身体は無駄なものを着けていない完成度の高い肉体なんだ! それを愚弄するか?

「貴様の好みなど知るか!」 
 貴様の見た目の好みなんぞ、攘夷に一体何の関係があると言うんだ!


 それを言おうと……。


 したら、おっさんに顎を捕まれた。


 そればかりでなく、オッサンの顔が近づいてきて……


 近いっ! 近い近い近すぎる!
 銀時ならまだしも、なんでこんなオッサンと至近距離で……







 真っ白。











「何をする、変態がっ!」








 …………。










 オッサンが襖に頭を突っ込んで、ぐったりしているのが、俺が正気付いた時に始めて見た光景だった。


 あー………。





「桂さん……」


 後ろに、会計が、泣きそうな顔で、立っていた……。

「殴らないって約束しましたよね」

「………ずらかるぞ」





 俺は声と共に窓から飛び出した。

 会計が、俺の後から窓から逃げ出していた。
 悪いが俺は逃げるぞ。

 お前も捕まらんようにな!

 慰謝料請求とか言われたって嫌だし、襖を壊した弁償だってしたくない!

 だって俺は悪くないっ! オッサンが気持ち悪いのが悪いんだ!






 銀時っ!

 事もあろうか、あのクソジジイ、俺にキスしようとしやがった!


 銀時っ!!


 未遂だったが、早くお前に会ってお前で口直しがしたいんだっ!
 お前に会って、お前に抱き締めてもらって、お前とキスをして、素肌を重ねて……そーゆーことを一刻も早く銀時としたいんだ!














 あ………


 銀時どこに置いてきたっけか……






















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桂さんの日常をお届けいたしました。

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