05








 とりあえずは、この男が馬鹿でよかったとは思うが、どうしよう。


 振り切って走って逃げるのも不振だろう。適当に歩いて適当な家に転がり込んで二階からおいとまするか? どうやって、こいつを振り切れば良いだろう。それなりに腕の立つ人間だ。簡単に振り切ることなどできないだろうし、やはり女物の着物では動きづらい。いつもの俺の動きが大幅に制約されてしまう。


『じゃあ、近くまで……』

 家を知らせるわけにも行かないし……。

 まあいい。
 今の潜伏先は近々引き払う予定だ。


 何だ、何故俺はこんな奴と並んで歩かねばならないのか。

 しかもジロジロと!
 見るな、ばれてしまうではないか! それともやっぱりすでに勘づかれているのか?
 なるべく顔を伏せてはいるが、それでも、一応鬼の副長と名高い男だというし………。


『アンタ、名前は?』

『…………』


 名乗れるかっ! お前の目的は一体なんだ? 事情聴取とかする気なら逃げるからな。助けてくれだなんて頼んでないからな!



『……ヅラ子』

 唯一俺が今コイツに伝えられるのはこの名前くらいだ。まあ、今のこの俺の姿だからな。ごまかす事も苦手だが、だが嘘はよくない。

『ヅラ子さんか、俺は……』
『土方だろう?』
『知ってんの?』

 土方は、少し驚いたような顔をした。

『有名だからな』

 俺も有名だがな。頼むから今は気付かないでくれよ?

 土方は、なんだかきまりが悪そうに頭を掻いていた。

 ……へえ。


 俺は初めて土方の顔をまともに見たかもしれない。

 いつも俺を追っかける時の瞳孔開いた顔しか見たことなど無かったが……こんな顔もできるのだな。と思うと、笑えた。俺だとも気付きもしないで。
 気付かれても困るが。いや、神様どうかこの男が気付きませんように、などと、普段したこともない神頼みすら、希望を見出したくなるほどに、俺の中は色々ごちゃごちゃしているが。


 まあ、なかなかのいい男だと思った。残念ながら銀時には及ばないがな。


『家が近いから、ここでけっこう』

 これ以上一緒にいるのはさすがにまずい。いかに芋と言えど、いい加減に気付かれてもおかしくはない。今までに会話と呼べるものはなかったものの、お互い声くらいは聞いたことがあるんだ。

『あのさ………』
『何だ、人の顔をジロジロと』
『………アンタ綺麗だな』

 はあ、よく言われます。銀時以外にな! 何故あいつは言ってくれんのだろう。まあ、今更だとは思うが。


 とかなんとか思っていたら、突然、手を握られた。

 いや、手はまずい。男だとばれてしまう。それに剣を握るタコだってできているんだ。このご時世にこんな手をしているのは日々鍛練を怠らず剣の腕を研いている侍か、実際に使っている俺達か……。
 そう言えば銀時の手も今でも硬いままだ。アイツはパチンコばかりしているふりをしてなかなかちゃんと腕を衰えさせないような努力もしているのだろう。アイツは努力しているところを他人に悟らせるのが嫌いだからな。そう言うところは昔から嫌いじゃない。と言うか、かなり好きだ!!

 思い出したら会いたくなってきた。この格好のままではまずいだろう。一度家に行って着替えてから夜窓から侵入してやろうか。あいつの驚いた顔は嫌いじゃない。と言うか大好きだ。

『好きだ』

『…………は?』

 いや、ちょっと待て。今こいつはなんつった?

 俺だって銀時の事が大好きだが何か?

 じゃなくて、そうじゃなくて!
 ちょっと待ってくれ。

 こいつと俺は何について話をしていたんだろうか……。

『アンタに惚れたみたいだ』

『……………………』

 一体何の話だ?

『一目惚れってあんだな。ヅラ子さん』

 いやいやいや、ちょっと待て! 一体何の話だ?

 俺はコイツと何の話をしていたんだろうか? 


『もしアンタさえよければ………その』



 少し、照れたように土方は下を向いて頭を掻いた。暗がりで良くわからないが、きっと明るい場所であれば、この男の顔が赤いことを確認できることを確信できると思う。



 うっかりだ。ついうっかりだ!
 いや、確かにこの芋侍はいい男だと思う! 顔も二枚目だしきっと年収も良いのだろうし。きっと女性からの人気も高いのだろう。





 土方は俺の顔を見て、手を握って……。

 そんなに、じっと見つめられたら……照れる。






 まあ、いい男だし。


 それなりに女には免疫がありそうなのに、このモジモジ君はちょっと可愛かったし……もう二度とこの姿では会う事などないのだし……いや、普段の姿でも二度とお会いしたくなどないが。



 バレてないし……
 多少銀時の事を想うと気が咎めないでもなかったが………


 まあ、いいかー……とか。



 奴の右頬に口紅を残してやった。



 ユデダコ色の鬼の副長殿は見物だった。

 いやいやなかなか可愛いぞ、芋侍にしては。

 何やら暗がりでも解るほどの赤面は本当におかしかった。声を上げて笑ってやりたいくらいだったが。俺だとも知らずに!

 呆けた間抜け面で俺を見ているから、俺は本格的に腹の底から笑えてきた。が!

『ヅラ子さんっ!』


 急に抱き締められそうになって、いやいや、俺にそうできるのは銀時だけだから! そうじゃなかったら美人な奥方だけだから!





 手は捕まれていたから。

 ハイキックをかまして逃げた。確実に入ったから多分暫くは動けなかっただろうが、それでも走って逃げた!












090419