02








 ようやく、辿り着いた……。先方はまだいるのだろうか。
 こっちを呼びつけておいて先に帰るだなどとふざけた真似をするのであれば、まあそれはそれで構わないが……。


 それにしても、だいぶ遅くなってしまった非礼は詫びねばならない。普段であれば約束の時間より前には到着するようにしているのだが、色々と……。

 場所は江戸で随一と名高い料亭。腹黒い奴等の密談場所に最適であり、この前はうっかり高杉と鉢合わせて気まずい思いをした場所だ。個人的な趣味としてはあまり好きではない。密談は廃寺とかの方が好みだ。


「桂さん、着替えをお持ち致しましたが……」


 上がり込むなり俺の到着を待っていた同士の一人が、俺の着替えを持って近寄ってきた。
 持って来てくれと頼んだのは俺だが。

「すまない、時間がない」

 着替えなんかは後でいい。

 とりあえずこれ程までに遅れてしまった事を先に詫びねばならない。

 一度先方にお会いをしてから、その上で時間を頂こう。
 何やら気難しいと評判の偉い人らしいからな。

「でも、そのままだと……」
「どうせ俺以外通すなとか言われているんだろう。俺がすぐに向かわなくてどうするんだ」
「それにしたって……」

「格好などより、時間を守れなかった方が心苦しい」



 それにしても女物の着物は足に絡み付いて動きにくい。それに武器も脇差しとんまい棒くらいに限られてしまうではないか。



 ああ、何でよりによってこんな日に……。










 けっこう今日はそれなりに大切な日だったというのに。こんな日に限ってカマっ娘クラブでの同僚だったアゴミが風邪をひいたと連絡を受けた。
 アゴミだけではなく、かまっ娘倶楽部で仕事をしているお嬢さん達が軒並み風邪でダウンしていると言う話だ。
 それだけであれば、当然放っておくのだが……あのお嬢さん達は風邪ごときでくたばりはしない……どうにもテル君まで風邪をひいたとの知らせが入ったから。見舞いがてらに。
 パー子も来るのかと思ったが、義理のない奴だ。来たには来たが銀時が来た。せっかくのツートップ復活かと思ったのに。
 女装は久しぶりだった。ヅラ子の格好はご無沙汰だった。

 最近、金策に苦労していたし……。
 かまっ娘倶楽部は給料もいいし……酒に酔った知らないおっさんが懐に札束を突っ込んでくれると言う楽しいハプニングも期待できる。オサワリ禁止なのでべたべたと触られても殴ることができる。

 それに西郷殿にも貸しを作っておきたいと言う気持ちもある。本音を言えば、これが一番強いのだが。

 攘夷党の党員達が色々と稼いで来てくれるが、党首である俺が何もしないのはバツが悪い。いいパトロンが見つかればいいのだが、金を持っているのはおっさんばかりで、おっさんと言う生き物は気持ちが悪い奴らが多い。この間も何やらべたべたと触ってきて、あまりお付き合いをしたくはないので、この前援助を申し出てくれたどこかの社長さんは申し訳ないがお断りをした。
 それなりに援助をしてくれている人間はそこそこいるが、やはり現段階ではわが党は裕福とはいえない。
 有している戦艦も年季が入ってきているし、そろそろメンテナンスが必要だ。そのためにはやはり金が必要だ。そういうことは、担当の党員に任せてはあるが……やはり党首として金を作らなくてはならないのはわかっている。
 もういっそのこと船に詳しい人間を攘夷思想に染めて、党員になってもらえばいいのではないだろうか。
 爆薬などの調達はそうやって横流ししてもらっているし。



 本日はパトロンの有力候補である男との密談なのだが……。



 その男は、江戸では有名な会社の社長らしい。何度か文を交換したが、なかなかに熱意のある男だった。気に入ったが……本心では断りたい。のだが、同士達は納得するだろうか。

 あまり、経営している企業の評判が良くない。世間では有名な優良企業らしいが、内情を探らせたが、あまり穏やかでない仕事をしているようだ。
 とりあえず、金は持っているので、党員は大人しく笑っていればいいと言うが……それは党首として駄目だろう。熱い話を持ちかけられたら、熱く返すべきだ。別に今日の天気について話に行くわけではない。攘夷志士とその後援者はやはり人と人との付き合いだ。真剣に語り合って、それで駄目なら駄目だし、人間として認められるのであれば今後も末永く宜しく御願い致しますという次第だ。

 そのパトロン候補の社長さんとは22時にお会いする予定。
 幸い場所はここから近い料亭を指定してきたし、歩いても10分程度なので、9時ごろまでヘルプで入ればいいらしい。




「なあ、ヅラ。ここ終わった後うちくんの? 9時までだろ」
 銀時から誘いがあるとは珍しい。
 かまっ娘倶楽部では、俺達はもう顔見知りなので出入り自由だ。酒を飲む場合はやはり正規の料金を取られるが、麦茶であれば飲み放題だ。
 さっきから、銀時の麦茶は泡立っていたが、まあお厳しいお嬢さんは本日はだいたい風邪でお休みしているから大丈夫だろう。

「いや、残念ながら仕事だ」
 面倒くさいが、仕方がない。
 俺が党首なんだ。お金を作ってくれば党員達も納得するだろう。最近は後援者と喧嘩をすることも増えたからな。
 何しろ、べたべた触ってきて気持ちが悪い。
 ついうっかり殴ってしまったりして援助が途絶えた所もいくつかある。いや、その後に謝ってきたがそんな奴に俺の思想を理解してもらったとしても、俺がもう気分悪い。その度に経理を担当してくれている党員に文句を言われるが……仕方がないだろう、気持ち悪かったんだから!

「その仕事何時に終わんの?」
 珍しく、銀時が積極的ではないか? 何が原因だ? やはりこの格好か?
 まあ、ヅラ子は自分でも似合っている自信はあるからな。おっさんどもにちやほやされるのは、微妙と言えば微妙だが、もしかして嫉妬してくれているのか!?
 だったらしばらくはこの仕事を続けようかとか思うが……攘夷活動は時間と場所が不規則だから、一つのバイトに縛られるわけには行かない。

「早く切り上げてお前の家に行こう」
 せっかくの銀時からの誘いだ。断るのも気が引ける。普段は愛想ないからな、銀時は。

「んじゃ、そこで待ってるわ。どこ行くの、近くまで送りますよ?」
 銀時にテーブルの下で手を握られて、ときめいてしまった。
 客の切れ目に隣に座っていたパー子が、珍しく俺を口説いてきていた。酔っているのか? どんだけ飲んだんだ?

 最近ご無沙汰だったからな。ちょくちょく銀時の家には遊びに行くが、俺もあまり時間が取れるわけではないから、子供達がいる時間にしか行けないから……。もう一ヶ月ぐらいご無沙汰だ。
 銀時の家ではなくとも、どこか宿を探すのもたまにはいいかもしれない。リーダーは新八君の家にお泊まりだと言うし。
 幸い俺は女物の服を着ているので、顔を伏せておけば二人で歩いていてもそう怪しまれることはないだろう。

 最近は活動よりも攘夷志士同士の争いごとが多く、過激派の連中を抑えるのに苦労をしていた。
 あいつらは人の為にならぬことばかりだ。目指している所はこの世界の平穏なのに、それをわかろうともせず暴れる輩には志士だとは名乗ってもらいたくない。俺が穏健派と呼ばれるようになってから、一悶着あったが、今は内部は落ち着いていると言うのに、攘夷志士とは名ばかりのチンピラがのさばっていて、気分が悪い。

 それに、そういったいさかいが多いと真選組がうるさい。
 目を逸らすためにも俺が派手に動かなければならなくなってしまう。
 俺が真選組ごとき芋侍に捕まるはずはないので、まあいいが。







 時間までアルバイトで小遣いを稼ぎ、かまっ娘倶楽部を退散し、裏道を行く。
 場所は高級料亭と名高い所らしい。何度か出資者殿との会合にも使ったが……偉い人物が非合法に使うことが多い場所だ。そういう場所なのだろう。
 それを指定してきたと言うことは、相手はかなり気合が入っているな。こっちが金を払ったことはないが、一部屋借りるだけでもかなりの値段らしい。うまいものが出るならばエリザベスも連れて来たかったが、次回の作戦の為に指示をしてもらっている。

 いい人物であればいいのだが。

「てか、お前着替えないの?」
 うっかりと、そういえば化粧も落とさずにでてきてしまったが……まあ女性物の服を着たままで、化粧を落とすのも何やら。といっても紅を差したくらいなのだが。

「ああ、服は持ってきてもらう。あっちで着替えるから大丈夫だ」
「なら、いいけどさ」
 さすがにこの格好では会うのはまずいだろう。一応偉い人らしいし。
 女装趣味だと思われても困る。趣味は女装ではないし、別にそれほどコスプレを愛しているわけでもない。嫌いではないが。おまわりさんの目を欺くために仕方なくだ。

 いや、似合ってはいる自信はあるが、それにしても弁える非礼の限度を超えている気がする。

 なんだか、こうやって銀時と並んで歩くのも久しぶりだ。のんびり歩いていることなど出来ないからな。この時間は真選組の警備も厳しいので、俺の通路はたいてい屋根の上だ。

 それにしても、せっかく女装などしているのだから、手をつないでもいいのではないだろうか。銀時は意外と人目を気にするから、普段は出来ないが……いや、俺だっていつものなりで銀時と手を繋ぐなど、やはり恥ずかしいが……今なら、まあ化粧もしているし……。
 手……繋いでみようか……。

 とか……

 いや、せっかくの機会だ。繋いでしまおう。
 だが、振りほどかれたら悲しいし……。

 といっても、こんな機会はもう二度と訪れないかもしれないぞ。まあ俺達はずいぶん昔からこういう関係だし、一時期は離れていたのだけれど、まあケツの穴まで舐めあった……いや、ホクロの数まで数え合った仲なのだし。
 今更手を繋ぐことぐらい!





「あれ、万屋の旦那、奇遇ですねィ」
「ああ、総次郎君」
 下ばかり……銀時の手ばかり見ていたので、目の前にいた真選組に気付かなかったのは俺の落ち度だ。



 が、…………何故いつもいつもいつもいつも、真選組は俺の邪魔ばかりするんだ!!
 この声はいつも俺にバズーカをぶっ放すガキのモノだ。俺はあまり人の顔を真剣に覚えることは出来ないが、嫌いなものに対しては意外に記憶力を発揮することが出来る。このクソガキが!

 いつもの隊服は、見るだけでも胃のあたりがムカムカする。
 というか……。


「へえ、こんな別嬪さんとお知り合いなんですか、旦那は」
 っていうか、何故銀時が芋侍とお知り合いなんだ、裏切り者!!!!!!
 首を絞めてやろうかと、いっそのことこの場で殴り倒してやろうかと思ったが、この芋侍の視線の渦中で大立ち回りをするわけにもいかない。
 銀時に喧嘩を売る時は、まあ、それなりに激しいものになるからな。銀時と喧嘩をして、今だ勝てたことはない。負けたこともないが。

 とりあえず、視線で相手が殺せるなら、今は俺はジェノサイドの真っ只中だ。











090409